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第602話 adolescence : moratorium (2)

 和樹を手の内で転がせるほど大人になれたら、どんなにか良いだろう、と涼矢は思う。かといって、明生のように憧れの視線を素直に送れるほど、こどもでもない。だからこその対等だし、唯一無二のパートナーだと思っていればいいのだと、頭では分かっているのだけれど。 「さーて、終わった。」和樹がキッチンから戻ってきて、ベッドに勢いよく腰掛けた。「筋トレでもするか?」 「それは、正真正銘の筋トレ? それとも、筋トレに似た、別のこと?」 「正真正銘のほうだよ、もちろん。」 「マジで。食ったばっかりだよ、無理。」 「筋トレに似てる運動のほうなら張り切るんじゃないの?」 「まあな。」 「バカか。」和樹は笑った。「でも、そっちもちょっとね。今日、腹いっぱい食べちゃったから。もう少し間を空けたいかな。」 「そういうの、気になるんだ?」 「なりますよ。」 「繊細だね。」 「繊細とかそういうんじゃねえよ。だってさ、元々は出すところに挿れようってんだから。」 「繊細じゃなかった。」 「おまえに言われたくねえけどさ。……にしても、うっかり食い過ぎた。ああいう家庭的なおかず、久しぶりでつい箸が止まんなかった。」 「俺としては、嬉しいような悲しいような、だな。」 「でも、1人で食べたらあそこまで美味く感じなかったとは思う。」 「1人でごはん食べるの、苦手?」 「平気だけど、やっぱり誰かと食ったほうが美味い。おまえは違うの?」 「俺、食う量が多いから、他人がいるとペース配分が気になって食いにくい。あ、おまえは別だけど。」 「それ、どんな風に、別なの?」 「え……。だって、別だろ。」涼矢は何故だか頬を赤らめる。 「俺のペースは把握したから気にならないってこと?」 「ていうか、楽しいから。どのおかずが一番気に入ったのかなぁとか、これはちょっと苦手らしいとか、そういうの見てるの、楽しい。次に作るものの参考になるし。」 「出た、涼矢お母さん。」 「誰がおかんだ。」  2人は顔を見合わせて笑った。 「たまにはお母さん孝行でもしようかな。」と和樹が言った。 「肩でも揉んでくれるの。」 「本日のプレイのリクエストを聞いてあげる。できる範囲で。」 「お母さんに向かってなんてことを。」 「ははは。」 「で、リクエスト、聞いてくれるの?」 「できる範囲で。」和樹は念押しした。 「できるよ。おまえがやるって前に約束した。忘れたか?」 「へっ? 約束? 何の?」 「俺に高校の制服着せただろ? その時、おまえ、その代わり東京でスーツ着てやるからって言った。」 「俺が?」 「そうだよ。今度はおまえに制服着てほしいぐらいだけど、おまえのは学校に寄付したって言ってた。」 「ああ、そうそう。……でも、スーツ着るなんて、そんなこと言ったかなあ。」 「言ったよ、しかも自分からやるって言った。だから、それはやっていただかないと。」 「まあ、いいけどさ、そのぐらいなら。」言った矢先にしまった、と思った。前にもスーツを着ろと言われたことがある。その時には「コスプレ」としか思えなくて、その状態でのセックスには抵抗が強かった。なのに、今では「そのぐらいのこと」としか感じない。軽い拘束にも、アナルプラグにすら、そうやって慣れていってしまう。建前では「それで涼矢が喜ぶなら仕方ない」という顔をしているが、そうして始まるセックスは、確実に刺激的で、そうでない時よりもテンションが上がる。  自分がそうやって刺激に慣れ、更にもっと強い刺激を自ら求めるような、そういう「はしたない」人間だと思われるのは、いくら涼矢相手とはいえ、恥ずかしかった。いや、涼矢だからこそ、恥ずかしい。 「あの時のスーツ? 塾の先生にもらったとかいう。」涼矢が無邪気なほどあっけらかんとそんなことを聞く。 「うん。これしかまともなスーツ持ってない。」和樹は立ち上がり、ラックにカバーをかけたまま吊るしてあるスーツを取った。 「成人式もこれ?」 「どうかな。まぁ、これでもいいや。あ、でも、俺、おまえと一緒の成人式はできない? 2月生まれだし、地元に住んでないし。俺だけもしかして1年遅れで、東京で知らない人と一緒にやるの?」 「いや、それは学年区切りで、市役所に連絡すれば地元のほうに参加できるから大丈夫、一緒に祝える。」 「なんでそんな詳しいんだよ。……まさか。」 「調べた。おまえの成人式、どうなるのか。」 「こええよ、マジで。……つかさ、涼矢、市の成人式のイベント、出るの? てっきり出たがらないかと思ってた。」 「出たくないけど、どうせ柳瀬がみんな集めてなんかやるだろ。市のやつに出ないで同窓会だけ出ると、またああだこうだ言われそう。」 「さすが幼馴染みのことはお見通しで。」 「幼馴染みじゃなくたって分かるだろ?」 「分かる。そういや柳瀬におめでとうって言ってないや。」 「なんの?」 「大学合格の。」 「ああ。」 「びっくりしたよな。あいつが国立受かるとか。」 「そう、俺が落ちたところな。」

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