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第604話 adolescence : moratorium (4)

「何すんだよ!」和樹は涼矢を押す。 「甘えん坊の末っ子でいいよ。超甘やかしてやる。」 「おまえの弟じゃねえよ。」 「弟になってくれるんじゃないの?」 「うざい兄貴は2人も要らない。」 「ひどいなあ。」笑いながらそんなことを言い、今度は両手でまた和樹の髪を乱す涼矢だった。「よーしよしよし。いいこいいこ。」 「やめろって。」和樹は涼矢の手をよけて、弾みで自分のほうがベッドに倒れ込む。その姿勢のまま、涼矢を上目遣いで見た。「スーツ、着てやんねえぞ?」 「それは困る。」涼矢は和樹に覆いかぶさって、キスをする。 「スーツはともかく、シャツは普段着のでいいよな?」 「ネクタイは締めて。」 「面倒くせえなあ。」 「ネクタイも1本しかないんだっけ。」 「そう、親父のお下がりの。」 「今度買ってやるよ。」 「プレイ用にか?」 「うん。」 「本気かよ。」和樹は苦笑しながら起き上がり、針金ハンガーにかかっている、いかにも洗って干したままという風情のシャツを手に取った。 「それ、まだアイロンかけてない。」と言ったのは涼矢だ。 「すぐ脱ぐんだからいいだろ。」 「えー。」 「わがまま言うなよ、お兄ちゃんだろ。」和樹はさっさと着替えはじめた。 「そんな時ばかり、ずるい。」 「あ、ジョギングの成果が出たかな。」和樹はベルトを締めながら言った。「ベルトの穴ひとつ分。」 「しぼり過ぎじゃない?」 「筋肉落ちてるから、そのぐらいでちょうどいいだろ。おまえだよ、見るたび細くなって。」 「俺は絞るより筋肉量維持のほうだな、当面のトレーニング目標。」 「あと持久力。」 「和樹の相手をするのは一苦労だ。」 「おまえのほうがすぐサカるくせにな。」 「否定はできないね。」 「はい、じゃあ、あと、ネクタイだけ。」和樹はくるりと涼矢を振り向く。 「新人サラリーマンって感じ。悪くない。」上から下まで眺めて、涼矢はそんなことを言った。 「ネクタイはおまえが締めて。」 「え。ああ。」涼矢は立ち上がり、和樹と向き合う。高校時代の制服はネクタイだったから、扱いには慣れているが、他人のネクタイを締めてやったことはない。案の定、向きが逆だと勝手が違ってうまくできなかった。  四苦八苦していると、和樹が「もういいよ。」と涼矢の手を止めさせた。 「あ、そうだ、後ろからならできるかも。」涼矢が和樹の背後に回ろうとするのもまた、和樹は制止した。 「ネクタイなしでいいだろ?」 「やだ。」 「なんなんだよ、そのこだわり。」和樹は吹き出した。 「ノーネクタイのスーツはいまいち。」 「もういいって。」和樹は涼矢の両肩を押して、ベッドまで押し付ける。それから、争点のネクタイを襟の下を通し、だが結ばずにだらりと垂らした。「はい、これで、ネクタイをほどいたところ。この続きからどうぞ。」 「つまり、若いサラリーマンに襲われている大学生、っていうシチュエーション?」 「そうそう。」 「悪くないけど。」涼矢は和樹のシャツのボタンをひとつふたつと外していく。「あ、俺が襲われてるのに、こんなことしちゃだめか。」と笑う。 「そんなことより、上着脱いでいい? 暑くなってきた。」 「だめ。」涼矢は引き続きボタンを外し、ついには一番下まで外すと、和樹の前面を露出させる。現れた乳首に舌を這わせた。 「ん。」と小さく和樹が喘ぐ。 「立って。」 「え。」 「一張羅なんだろ? ぐしゃぐしゃにしたら悪いから。」  涼矢の言わんとするところを完全には理解しないまま、和樹は立ち上がり、ベッド脇に立つ。次いで涼矢も立ち上がると、そのまま和樹を壁、正しくは掃き出し窓の締め切ったカーテンのところまで誘導した。 「そっち向いて。」そう言って和樹をカーテン側に向けさせると、そこでようやく涼矢が和樹の上着を脱がせた。シャツはボタンを外した時点で、もうズボンからはみ出ている。  ああ、立ったままやるのか。――和樹はそれに異を唱えるつもりもない。次は涼矢に背後から抱擁されるのだろう。そのうち、手が下半身に伸びてきて、ズボンのベルトを外すのだろう。そうして。  だが、次に涼矢がしたことは、首元にぶらさがっているネクタイを抜き取ることだった。だとしても、別におかしな行動でもない。あんなにこだわっていた上着はもう脱がせてしまったのだから、こんな普段着のシャツはさっさと脱がせたいのかもしれない。  和樹がそんなことを考えていると、またも涼矢は予想外の行動に出た。  和樹の視界が突然暗くなったのだ。  反射的に目元に手をやり、すべすべした生地の感触に、それがネクタイであることを確信した。 「ちょ、ちょっと。」目を覆うそれに手をかけると、涼矢が「だめ。」と低く強い声で言った。和樹はビクッとして、動きを止める。そしてすぐに諦めた。――抵抗したって、どうせやめてくれない。そう心の中で嘯いて、それでいて、それが本心ではないことを自分でも知っている。怖いけれど、これから起こることに期待している自分がいる。

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