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第613話 adolescence : moratorium (13)

「してないよ、なんでそうなるんだよ。はい、こっち向いて。」和樹はそんな涼矢の両頬を両手で覆い、自分の方に向けさせた。「カラオケそんなに嫌いなのに、俺がいたから、来てた? 高校ん時。」 「そうだっつってんだろ。」 「俺の歌が聴きたかった?」 「聴きたかった。歌だけじゃない。なんでも良かったんだ。どんな曲好きなのかとか、注文したもの見て、コーヒーはブラックなんだなとか、なんでも。」 「そんなこと?」 「そうだよ。」 「そんなことのために?」 「そうだよ、悪いか。」両頬を押さえられたまま、無理に顔を横に向けようとするものだから、涼矢の顔が歪んだ。 「アッチョンブリケ。」と和樹が言い、笑った。時間差でその意味するところを理解した涼矢が、再び正面を向く。 「やっぱり馬鹿にしてる。」 「してない。嬉しい。」 「そんなもんだよ、俺は。今だって。情けないことに。」 「嬉しいって。情けないのは俺。」 「おまえはそんなの、いっこもないだろ。」 「気が付かなかった。おまえの、そういう気持ちに。歌わないのにどうしてカラオケ来るのかな、楽しいのかなって、そう思っただけで。」 「変な奴だって思ってただろ。」 「思ってた。」和樹は笑うが、泣きそうな顔にも見える、そんな笑い方をした。「俺、ひどい奴だったな。なんでその時、その時だけじゃないと思うけど、おまえのそういう気持ちに気付いてやらなかったんだろ。それが情けない。」 「いいんだって。気付かせたくなかったんだから。」自分の好意に気付かれるくらいなら、変な奴と思われるほうがマシだった。かといって、こいつがいると白けるなどと和樹に疎まれたくはなく、いつも隅のほうで邪魔にならないように座り、決してここにいることが不愉快なわけではないのだと表明するために、みんなの注文取りをしたり会計をしてやったりと、そんなことばかりせっせとしてみせた。運が良ければ合間に和樹とバンドの話をして、「気が合うね、俺もその曲好き」などと言われてはその言葉を大事に持ち帰った。 「変な奴だと思ってたけど、嫌な奴だと思ったことは一度もない。」和樹は顎を引いて、上目遣いで涼矢を見た。「ライバルだったから負けたくないとは思ってたけど、ずっと信用してた。ずっと良い奴だって思ってた。そもそも俺、おまえがいたから水泳部入った。入学した時、知ってる奴が一人もいなくて、入学式でおまえと話せて、水泳やってるって聞いてすげえ嬉しくて、そしたら水泳部の体験の時におまえがいて、それで入部決めた。……だから、それで許せ。」和樹は涼矢に顔を寄せて、口づけた。それから額同士をくっつけて、囁くように言った。「俺にとっても最初の時からおまえは特別だった。だから、気付かなかったこと、許せ。」 「何言ってんの。許すも何も、俺は。」そこで涼矢は黙る。それから和樹の顎に手をやり、顔を上げさせて、キスをした。「許すよ。だから俺のことも許して。」 「何をだよ。あ、ずっとストーカーしてたこと?」和樹は笑った。 「そう。」 「許す。」和樹は涼矢に強く抱きついて、もう一度キスをした。涼矢もそれに応えて、2人は濃密なキスを繰り返した。  ひとしきりそんなことをすると、涼矢が和樹を押して遠ざけた。「終わり。切りがない。」 「終わったら、カラオケ行くけど、いいのかよ?」和樹が悪戯っぽく笑う。 「どっちだよ。行きたくないの?」 「イキたい。」 「……それも、どっちの意味?」 「へっ?」和樹はきょとんとする。 「だから、イキたいんだろ?」涼矢はわざとオーバーアクションで和樹を抱き寄せ、股間を突き上げてみせた。 「バッ……。ちげえよ、カラオケの話だっつうの。」 「冗談だよ。」涼矢は腕を開き、和樹を解放した。 「エロ涼矢。」和樹は涼矢の上から降りて、立ち上がる。 「どっちがだよ。勝手に人の上に乗りやがって。」次いで、涼矢も立ち上がった。  そうして2人は駅前のカラオケボックスへと向かった。案内された個室に入ると、和樹がメニューを広げる。「何にする?」 「ウーロン茶。……あ、やっぱジャスミン茶。」 「了解。」  涼矢が腰を浮かせて、室内の電話に向かおうとする。「俺、注文するよ。何?」 「あ、大丈夫。これで注文までできるから。」和樹は画面のついたリモコンを掲げて言った。「あとポップコーンでも頼む?」  涼矢は座り直しながら「うん。」と答えた。  画面にタッチして一連の注文を終えたらしい和樹が、涼矢を見る。「なんでそんなに隅っこにいるの。」涼矢はL字のソファのコーナーに座っている。和樹がテレビの正面に座っているが、その隣にもスペースは充分に空いているにも関わらず、だ。 「いや……カラオケといったらここが定位置だから。」 「なんだよ、それ。こっち来いよ。」 「男2人でカラオケなんて来る? 変だと思われないかな。」 「行くよ。全然普通。1人カラオケだっているしさ、気にしないよ、そんなの。」 「1人カラオケのほうがまだいいや。」 「なんだよ、俺がいるのが不満かよ。」 「そういう意味じゃなくて。」

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