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第614話 adolescence : moratorium (14)

 その時、失礼します、という声と共に若い女性の店員が入ってきた。ジャスミン茶とコーラとスナック菓子の盛り合わせを置くと彼女は出て行った。 「ほら、ああいう風に突然来るだろ、店員。男2人で並んで歌ってたら変だと思われない?」涼矢がたった今、店員が出入りしたドアを見ながら言う。 「でももう来ないよ。注文しなければ。それに、店員も誰も変だとも思わないっつの。自意識過剰。」 「そっか。」 「そうだよ。大体さ、ホテルに俺と2人で入るのだって平気な癖に、なんだよ、今更。」 「そういうところは……覚悟決めてから行くから。」  和樹が飲みかけのコーラを噴きだしそうになる。「そうなの? おまえ、いちいちそんな覚悟決めて行ってたんだ?」 「当たり前だろ、おまえに断られたらどうしようから始まって、毎回すげえ緊張しながら誘ってるよ。」 「その割に結構な変態プレイ仕掛けて来るけどな。」 「それは。」涼矢が言葉に詰まる。いつもの「ちょうどいい言葉を探す」とは違う。文字通り、言い返す言葉がないようだ。 「おまえ、変だよ、やっぱり。気にするところがズレてる。」 「俺、そんな変なことしてるか?」涼矢が真顔で言った。 「ほら、そういうところだよ。気にすべきはそこじゃなくて。」 「たとえば、どういうのが変なプレイなわけ?」 「は?」今度は和樹が返事に窮した。「め、目隠しとか……縛ったり、とか。」小声で言う。それがよく聞き取れなかったのか、涼矢がようやく和樹の隣に移動してきた。 「なに?」 「二度も言わせんな。」 「目隠しは聞こえた。」 「だから、縛る、とか。」 「それ、そんなに変かな。よくやってるだろ。」 「誰がだよ。おまえは何を参考にしてんだよ。」 「エロ動画。」 「それはおまえ、ちょっと趣味が偏ってんじゃないの。」 「逆にそれ以外に何を参考にするの? エロ本? 先輩の話? 何が普通で何が変態って、どうして分かるの?」 「だーっ、面倒くさいな。分かったよ、変態じゃないよ、みんなよくやってることだよ、はいはい。」和樹はコーラを一気に半分まで飲んだ。 「真面目な話、嫌ならしない。前から言ってるけど、おまえが嫌ならしない。みんなやってることか、まともかどうか、じゃない。おまえがしたいことか、したくないことなのか、俺が気にするのはそこだけ。」  和樹は困ったようにうつむいて、コーラのグラスを再び手にする。ストローをくわえるところまでするが、白いストローは白いままで、飲んではいないようだ。 「悪い、困らせたいわけじゃない。」涼矢はソファにもたれ、ひとつ溜め息をつく。  結局和樹はコーラをテーブルに戻した。「前にも似たようなこと言われて、嫌じゃないって言ったよな、俺。」 「それを鵜呑みしたのがまずかった?」 「まずくない。今もそう思ってる。」 「本当に?」 「ああ。」和樹は今度こそコーラを飲んだ。「ただ、そういうのって……こう、改まって、面と向かって話すことじゃないだろ。」 「そうなの?」 「そうだと思うけど。」 「でも、話さないと分かんないよ、俺。」 「その時の流れとか雰囲気で大体分かるだろ。」 「分からないから言ってる。」 「……大丈夫だよ、今のままで。たぶん、これからも大丈夫だよ、おまえのやることなら。」 「そっか。それならいいんだけど。」 「カラオケ来て、こんな話。」和樹は苦笑しながらリモコンを手にした。「何歌う?」 「和樹が先、歌って。」 「先ってことは、俺の次はおまえが歌うんだな?」 「え。」 「言ったからな? 歌えよ?」 「ウタハラ。」 「聴きたいなぁ、涼矢くんが俺に捧げるラブソング。」 「歌えるかよ。」 「あ、これは知ってるだろ。」和樹が入力したデータが画面の片隅に表示された。告白の前、「たまに漫画やCDを貸し借りし合う仲」だった頃に和樹が涼矢に貸したアルバム。その中の1曲だ。シングルカットもされ、CМにも起用された。和樹はマイクを手にすると、もう1本を涼矢に渡した。「歌えるとこは一緒に歌って。」  涼矢はもじもじとそのマイクを手にする。和樹はそんな涼矢が気になるが、まともに見たら余計歌わなくなりそうな気がして、あえてテレビ画面に集中する。  イントロが流れ、和樹が歌い出す。そっと涼矢を盗み見ると、一応まだマイクを手に持ち、口元に寄せている。サビのところなら一緒に歌ってくれるかも、とワクワクしながら和樹は歌った。  果たして、曲の山場に差し掛かると、涼矢の口が開いた。だが、その口から零れてきたメロディーは、和樹の予想とは違った。戸惑って一瞬歌うのを忘れた。が、すぐに涼矢のしていることに気付いて、再び歌い出す。  涼矢はコーラスのメロディーを歌っていた。ハモることには慣れていない和樹のほうが、涼矢の低音に引きずられそうになる。カラオケのスピーカーからの主旋律に耳を凝らして残りを歌った。  そうして1曲を歌い切ると、和樹は拍手をした。「なんだよ、歌えるじゃん。」 「歌えるよ。上手くないだけで。」 「上手いよ、ハモったの初めて。」 「歌いづらそうだったな。」 「最初そっちにつられそうになってさ。でも、後半はすっげえ楽しかった。」 「そう?」涼矢ははにかんだように笑った。

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