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第615話 adolescence : moratorium (15)

「なんか、ほかの。ハモりの曲、何歌える? やっぱこのバンドの曲がいいかな、2人とも知ってるし。」和樹はバンド名で検索をし直し、彼らの曲の一覧をリモコン画面に表示させた。 「和樹の好きなの歌いなよ。俺に合わせなくていい。」 「おまえに合わせてんじゃないよ、2人に合わせてんの。」 「2人に。」 「うん。」赤面する涼矢をよそに、和樹はリモコンの画面を凝視する。が、結局決められないようで、涼矢に見せた。「どれがいい?」  涼矢は無言でリモコンに手を伸ばし、表示された曲名リストの1曲にタッチした。 「えっ、それ?」  和樹が意外そうな声を上げたのは、そのバンドには珍しいバラード曲だったからだ。 「次は、俺がおまえに捧げるラブソング歌わなきゃいけないんだろ?」  涼矢がそんなことを言い出したことに和樹が戸惑っているうちに、イントロが流れはじめた。バラード曲も珍しいが、更にこれはメインボーカルが歌うのではなく、ギタリストが1人で弾き語りをする曲だった。普段のエレキギターをアコースティックに持ち替えている。そして、楽器はそのギター1本しかない。正直、地味な曲だった。けれど確か、この曲のリフが最高に格好いいと2人で話し合った記憶はある。和樹が涼矢のほうに目を向けると横顔が見え、その耳元にはピアスが光っていた。 ――お揃いのピアスをしよう。初めてその話をした時に挙がったギタリスト。彼のしていたようなデザインのピアスがいいと涼矢は言い、だから和樹はそのピアスがどこのブランドなのかを調べて買いに行った。  涼矢は静かに歌い始めた。  ギタリストはハイトーンボイスが売りのメインボーカルとは違って、少しハスキーな声をしている。その声で「いつでもあなたの一番近くにいられたらいい」と歌い上げるその曲が、恋の歌なのは分かっていた。そのハスキーな声で歌われると、いくらそう願っても叶わない、切なく哀しい片恋の歌に思えていた。  けれど、涼矢の声は普段話す声より澄んでいて、ハスキーということはない。ギタリストよりも、ずっと若々しく瑞々しい声だった。その声で聴くと、今までとは反対に聴こえた。「これからもずっとあなたの一番近くにいたい」という素直で熱烈なラブソングに。  声を張り上げるような抑揚のある曲ではない。しっとりしたそのバラードを、涼矢は最初から最後まできちんと歌った。確かに涼矢自身の言うように、個性が引き立つような歌い方ではない。楽譜通りに歌った、それだけではあった。  和樹は、曲が終わった後もしばらくそのままテレビ画面を見つめていた。スタンバイしている曲がないと、勝手にカラオケチェーン店独自の採点システムのコマーシャルが流れてくるようだ。当然そんなものが見たいわけではなかったが、涼矢の顔を見ることができずに、その代わりにその画面を見るでなく見ていた。 「言ったとおりだったろ?」妙な静けさを和樹が呆れているせいだと勘違いして、涼矢が苦笑いする。 「いや……。」和樹は空返事のようにぼんやりした声で答えた。 「下手なバラードなんか盛り下がるだけだよな。まぁ、今回だけだから。」 「うん、なんかねえ。」和樹はようやく涼矢を見た。「泣きそうになったわ。」 「え。」 「上手かったよ、充分。けど、上手い下手ってより、なんかさ。こんな曲だったんだって。」 「間違えてた?」 「ああ、違う、そうじゃなくて。この曲、片想いの曲だと思ってたんだ。歌詞まともに見たことなかったし、声の雰囲気でさ。でも、今のおまえの聴いたら、全然違ってた。ちゃんと、両想いの、幸せなラブソングだったんだな。」 「歌詞見ない派か。」 「うん。涼矢はちゃんと見そう。」 「見る。ブックレットの隅々まで見る。最近はダウンロードで済ませちゃうこと多いけど、たまにCD買うのは、それが目当てだったり。――だから、知ってたよ、俺は。ラブソングだって。」  歌詞の意味も知らずに「和樹に捧げるラブソング」を涼矢が歌うはずがなかった。しかも、この曲が納められたCDは、和樹が持っていたものを涼矢に貸したのだ。涼矢がこのバンドが気になってると言っていたから。だからその「隅々まで見る」というブックレットだって和樹のものだ。当の和樹は曲名リストとメンバー写真にしか目を通したことがないけれど。そこまで思い出すと、ふいに和樹は何かに思い当たった。「なあ、おまえさ、最初からこのバンド、気になってた?」 「え?」 「カラオケの時かどうだったか忘れたけど、どこかでこのバンドいいよなって話になってさ、それで俺がCD貸しただろ? あの時から、本当にいいって思ってた?」  それはバスケ漫画の時と同じ流れだった。漫画の時は涼矢が貸す側だったけれど、その漫画を、涼矢は本当は1ページたりとも読んでいなかった。ただ和樹との会話のきっかけのためだけに揃えたのだ、20数冊も。  涼矢はにっこりと笑った。「思ってた。それは本当。」 「そっか。」

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