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第621話 Dear friends (2)
「ああ、気にしないで。」涼矢が言う。
「そうだよ、こいつ勝手に好きなように食うから、気ぃ使う必要ないよ。」と哲が言う。
その時、千佳がふふっと笑い、哲と涼矢は同時に千佳のほうを見た。「淋しいね、哲ちゃんが行っちゃうと。」涼矢に同意を求めるように千佳が言った。
「やっと穏やかな学生生活が送れるよ。」と涼矢は答えた。
「でもさ、私たちが知り合えたのだって、哲ちゃんのおかげだし。」
「それはまあ、そうだけど。」
「俺がいなくなったら、田崎のこと、よろしく頼むよ。ぼっちになるだろうからさ。たまには相手してやってよ。」哲はフォークで唐揚げを刺して、口に入れる。
「ぼっちでもいいんだよ、俺は別に。」
「そんなこと言わないでよ。」響子が言った。「留学しちゃうのも淋しいけど、ぼっちでいいなんて言われるのは、もっと淋しい感じ。」
「……ごめん。」
「いつでも連絡してよ。ランチぐらい食べよ。ね、千佳?」響子は隣の千佳に向かって言った。
「そうだよ。2年になったら講義被らなくなっちゃって、あんまり会えなかったもんね。哲ちゃんは時々うちの学部のほう、潜り込んでたけど。」
俺は哲のように器用じゃない。専門分野の単位をできるだけ早く取得してしまいたくて、それだけでスケジュールはぎっしりで、余計な講義を聞いている余裕などない。……そう言いたいが、哲に負けを宣言しているようで癪だ。結局曖昧に笑って「そうだね。」という一言でごまかした涼矢だった。そして、前菜を平らげたのをいいことに、席を立った。
「あ、私も取りに行こうっと。」後に続いたのは千佳だ。メインディッシュが並ぶコーナーに向かう。と言っても、カジュアルな店なので、そう高級そうなものはなく、揚げ物中心の料理が並ぶ。涼矢は唐揚げや白身魚のフライの大皿をしばらく眺めたものの、それらを取ることはせず、隣の中華のコーナーの酢豚や焼売を取った。
「嫌いなの?」と唐揚げと白身魚をひとつずつ載せた千佳が聞いてきた。
「揚げ物はあんまり食べないようにしてる。」特にこういう安い店のものは衣ばかりだから余計に、とは言わずにおいた。
「え、まさかダイエット?」
「それもある。」
「痩せてるのに。」
「うん、痩せたいっていうより、ちょっと、体作りたいと思ってる。」
「マッチョになるの?」千佳は丸くて大きな目を更に大きくした。
「そう、目指せムキムキ。」
「やだぁ。」千佳は声を立てて笑った。
「何よ、楽しそうね。」背後から響子が声をかけてきた。響子の皿には唐揚げが3つに魚のフライが2つ載っていた。4人の中で一番ダイエットが必要そうなのは響子ではあったのだが。「あっ、中華もあったんだった。失敗したわ、フライばかり取り過ぎちゃった。哲ちゃんの唐揚げ見てたら美味しそうでつい。」
俺は逆にあそこまで山盛りにされて、見ただけで胸焼けしそうだったけれど……と思いながら、涼矢が言った。「魚のフライをひとつ減らすぐらいなら協力できるよ?」
「でも、シェア……。」
「齧りかけを食べるのは嫌だけど、口付けてないものなら平気。」
「そう? じゃあ、ひとつ食べてもらえる?」
「うん。」
3人が元のテーブルに戻ると、入れ替わりで哲が料理を取りに行った。響子は涼矢の皿に魚のフライをひとつ移動する。
「ダイエットの邪魔しちゃだめだよ、響子。」千佳が笑いをこらえながら言った。
「ダイエットなんかしてないわよ、私。」
「違うよ、涼矢くんがしてるんだって。」
「えーっ?」大袈裟なほどに驚く響子だった。「なんでよ?」
「なんでって……。千佳には言ったけど、痩せるんじゃなくて、体鍛えたい。」
「ああ、それでマッチョがどうこう言ってたのね。」
「そう。でも、どう思う? ムキムキマッチョな涼矢くん。」
「少しぐらい筋肉あるほうがいいけど、あんまりムキムキは、どうかなぁ。」
哲が戻ってきた。今度はフライドポテトの皿と、カレーライスの皿だ。「誰がムキムキ?」
「涼矢くん。」
「どこが?」
「違うの、これからムキムキになるんだって。」響子は哲から涼矢に視線を移し、じぃっと涼矢の顔を見た。「今ぐらいでちょうどいいんじゃない?」
「そんなすごいマッチョになりたいわけじゃないよ。入学した時より5kg落ちてて、少し戻したいなって。そんだけ。」
「羨ましい話。」響子が笑った。
「ねえ、もしかして、彼氏にそう言われたの? もう少し筋肉付けろって。」と千佳が言った。
「なっ。」涼矢はちょうどフライを口に入れた瞬間で、慌てて水で流し込んだ。
「あ、図星だ。」千佳は笑った。
「いや、別に、そんな。」
「彼は筋肉質だもんね。いかにもスポーツマンって感じ。」と哲が言った。
「そっか、哲ちゃんは会ってるんだ。」千佳が羨ましそうに言う。
「現役の頃は……高校で部活やってた頃は、似たような体格だったけどね。向こうはまぁ、その後も筋トレとかやってて、割とキープしてる……かな。俺ばかり痩せちゃって。」
「何部だっけ。」と聞いたのは響子だ。
「水泳部。」
ほう、という感心したような声が一斉に上がる。
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