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第624話 Dear friends (5)

 和樹は確か、サークルの女の子たちは「ちゃん」付けしていたと思う。もう1人のアヤノのことも。名前を覚えるのは苦手だが、その名は忘れようにも忘れられない。別れた女のことをいつまでも綾乃呼ばわりするなといちゃもんをつけたかと思えば、同名のサークルメンバーに「ちゃん」付けしたらしたで腹立たしく思う。そんな自分は、つきあっている彼女のスマホをチェックする男と「器の小ささ」加減は大して変わらないのだろうと思う。  その時だ。「涼矢くん、ごめんね、彼氏のこと面白がったりして。」という響子の声が聞こえた。 「えっ?」涼矢は弾かれるように顔を上げた。 「こういう話、苦手でしょ?」  涼矢が急に黙りこくったのは和樹の話題で気を悪くしたせいだ。響子がそう思ったらしいことを察して、涼矢は申し訳なく思った。「いや、別に。大丈夫。」そう言って響子の持ってきたカットフルーツを口にした。響子たちは自分を涼矢くん、あるいはたまに田崎くん、と呼ぶ。それなのに自分は彼女たちを呼び捨てにしていた。自分こそ随分とデリカシーのないことを、特に響子の彼氏には悪いことをした、と涼矢は思った。「これからは依田(よだ)さんって呼んだほうがいいのかな?」 「いいわよ、今更変えたんじゃ却っておかしいもん。本当に、私のほうは気にしないで。それにもう、彼も、知ってるから、その、えぇと。」響子は言いにくそうに言葉を詰まらせたが、なんとか続けた。「哲ちゃんと涼矢くんは女の子を好きにならないってこと。ごめん、このことも、謝る。勝手に話したりして。」 「え、いいよ、そんなの。隠してないから。」と哲は飄々と言う。 「うん、俺も。」言いながら、本当に「そんなのいい」のだろうか、と涼矢は自問自答した。響子が響子の彼氏に話したところで別に構わないと思ったのは事実だ。でも、その彼氏が更にその友達――涼矢からしたら顔も名前も知らない無関係の人――に触れ回っても気にしない、とまでは思っていない。  それをどう伝えればいいのだろうかと逡巡しているうちに、哲が言う。「俺はもうね、そういうキャラで売り込んでるからホントにいいんだけど。涼矢は違うからね、そこはちょっと考えてやってほしいかなぁ。この人、そういうのうまーく伝えるの、笑っちゃうぐらいヘッタクソで、誰にでもオープンってわけにはいかないからさ。」  涼矢は驚いて哲を見た。何も言葉が出なかった。 「何、その顔。」哲はそんな涼矢を見て笑う。 「やっぱり、ごめんね。勝手に話しちゃって。」と響子は言った。今日は謝らせてばかりだ、と涼矢は思う。響子はひとつも悪くないのに。 「いや、その。」涼矢はまごついた。聞かれれば事実を伝えよう。大学に入った時、その程度の決意はした。その時はそれだけのことでも大きな決意ではあった。哲と行動を共にしているうちに、その決意はどんどんちっぽけなものになった。哲と同じようにオープンにしているつもりになっていた。なかなか誰にも打ち明けられなかった和樹が、だから心配でならなかった。バイト先の塾にゲイの先生がいると聞いて、ああ良かったと思った。大学で仲良くしている友達にも、1人だけだけれどカミングアウトできたと嬉しそうに語る和樹を見て、ホッとした。俺は和樹と違い、そんな隠し立てもせず、堂々とオープンにしているのだと、そんな気になっていた。「響子が、彼氏に言ったのは、全然、気にしてない、から。それは謝んないで。」やっとのことでそれだけ絞り出した。 「でも、関係ない奴にああだこうだ言われるのは、嫌だろ? 俺はそれ含めてオールオッケーだけど。」と哲が言う。 「それは……。でも、それは誰だってそうだろ? プライベートな問題なんだから。」 「まあ、そりゃそうだな。」哲はあっさりと涼矢の意見を認めた。「俺はさ、逆に利用してたとこ、あるから。ホモかよ、気持ち悪いってね、第一印象最悪だと後が楽だったわけ。女の子とばっかつるんでても、成績トップで生意気なこと言っても、あいつホモだからしょうがないや、みたいな? 俺のこと見下したくて仕方ない奴は勝手に距離置いてくれるし、恐る恐る近づいてきた奴は思ったより普通じゃんって好感度アップしてくれるし。」 「気持ち悪いなんて……。」響子が顔をしかめた。「私、そんな風に思ったことないよ。」 「うん、知ってる。」哲は笑った。笑うと童顔が更に幼く見える。 「私だって。」と千佳が言った。それどころか哲が好きだった千佳。今どんな気持ちでこの言葉を口にしているのか、と涼矢は少し心が痛んだ。 「千佳たちに会えて、大学っていいなぁって思った。俺、学校が楽しいなんて思ったこと一度もなかったけど、うちの大学入って、ホント毎日楽しくってさ。小学校中学校の頃は俺、いわゆるいじめられっ子ってやつだったし、高校は半分死んでるような気持ちで通ってたし。大学デビューもいいところだったからさ、実際のとこ。」言葉を失う千佳たちの視線をかわすように、哲は涼矢を見た。「しかも、俺のお仲間がいるって風の噂で聞いてさ。そしたら同じ学科だし、弁護士志望だっていうし。運命感じるよね。」 「俺は感じなかった。」 「またそういうこと言う。」哲は笑って涼矢を小突いた。

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