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第625話 Dear friends (6)

「哲ちゃん、いじめられてたの?」千佳が心配そうに言った。 「うん。こどもは馬鹿で残酷だから、気持ち悪いと思ったら気持ち悪いって言うの。そんで気持ち悪い奴は殴っても蹴っても筆箱壊しても体操着捨ててもいいと思ってんの。……まぁ、今する話じゃないね、これ。俺もさすがにしたくないや。とにかく今は気持ち悪いと思ってる人はわざわざ寄ってこないから。もう、それだけで楽チン。イージーモード。しかもぉ、響子とか千佳とか、優しい女子たちが仲良くしてくれるしさ?」  響子は困ったように眉を下げて、でも微笑んでいた。「私は哲ちゃん好きだよ。シェイクスピアやワーズワースの話、真剣にできる友達って初めてで、本当に楽しくて。頭良くて、いろいろ教えてもらったし、仲良くなれて嬉しいと思ってるから。留学してますます頭良くなって、遠い存在になっちゃったら淋しいなぁって思うけど、それが哲ちゃんのしたいことなら応援する。だから今日も、千佳と相談して、哲ちゃん頑張れ会やろうと思って。ね?」響子は隣の千佳に顔を向けて同意を求めた。 「そうよ。」千佳は響子の言葉に頷いた。「私も哲ちゃん好き。」  それは既に哲に伝えたはずの言葉だった。その時と「好き」の意味は変わってしまったのか、涼矢には分からなかった。 「ありがとありがと。」哲は、まるで映画スターが空港で待ち構えているファンにサービスするように、大仰に手を振ってみせた。かと思えば、涼矢を上目遣いで見る。「ほらほら、涼矢の番だよ?」 「何が。」 「私、哲ちゃん好きぃ、私も好きぃって、響子も千佳も言ってくれただろ? この流れで来たら次はおまえだろ? はい、どうぞ。」    涼矢は呆れた気分で哲を見た。千佳が振られたはずの哲相手に再度「好き」などと言ったから、こんなことになっているのか。もっと言えば、その千佳が昔ほのかな恋情を向けていた響子のせいか。涼矢は千佳と響子の顔も順に見た。2人は、ニヤニヤしているとまでは言わないが、涼矢の反応が気になるようで、助け舟を出す様子もない。――どうせ俺が哲にからかわれているのを面白がっているのだろう。  涼矢は半ばヤケになって言った。「もちろん俺も好きだよ。」 「おっしゃ、初めて涼矢に好きって言われたぞ。」哲はガッツポーズをした。千佳と響子は笑い出した。 「今のが餞別な。」と涼矢は補足するように言った。 「あ、そうね、それいい。私もさっきのがお餞別。響子も。」千佳が笑った。「だから今日は割り勘ね。」 「えー、俺はゲストだから奢りって話だったじゃんか。」 「俺らからの愛の言葉なんだから、大事にしろよな。」 「向こうで淋しくなったら、今日のこと、思い出してね。」と響子も言った。 「響子までひどいよ。」哲が泣き真似をして、3人は笑った。哲はひとしきりそんなことをした後で立ち上がる。「よし、そうとなったら、ますます元を取らなきゃ。おかわりしてこよう。」 「まだ食べるの?」目を丸くする千佳をよそに、哲は料理に向かって突進していった。 「俺も。」涼矢も立ち上がる。 「私はもうダメ。食べ過ぎちゃった。」と千佳はひとつ息を吐いた。 「あら、私、デザート取ってくるわよ。ミニケーキ何種類かあったもん。千佳の分もひとつぐらい持ってこようか? 別腹でしょ?」響子も立ち上がる。千佳はもう何も言わずに手を振って「要らない」のジェスチャーをするばかりだった。  哲と涼矢が最後の料理を持ってくると、間もなく響子も戻ってきた。トレイにはカップが2つ。「カプチーノなら飲むかなと思って。」そう言いながら千佳の前にカップの1つを置いた。 「ありがと。飲む。」千佳は素直にそれを受け取った。 「あと、これも好きかなと思って。食べないなら私食べるから。」響子はオレンジ色の立方形をしたミニケーキを指した。「マンゴーのムースだって。」 「あ、食べる食べる。」 「やっぱり別腹だったでしょ。あ、ケーキ食べるならお砂糖使わないよね? 持って来なかったけど、要る?」 「ううん、要らない。響子のそれ、緑の、抹茶?」 「私もそう思ったんだけど、ピスタチオだって。だったら千佳は食べないよねって思って、自分の分だけ。こっちはガトーショコラ、で、ピーチゼリー。」 「うーん、私はやっぱり、このマンゴームースだけでいいわ。」 「だと思った。」  千佳は響子と顔を見合わせて、うふふ、と笑った。2人は付属高校からの持ち上がり組だ。お互いの好みも性格も知り尽くしているのだろう。  和樹がコーヒーを飲む時はブラック。梅干しは苦手。告白前、俺が知り得た彼の食の好みについての情報といったら、そのぐらいだった。コーヒーだって、カラオケボックスのドリンクバーで数回見ただけで、確信には至らなかった。そもそも、コーヒーよりコーラやウーロン茶を飲むのを目撃する回数のほうが多かったし。だから、自分の家でコーヒーを淹れてやった時、ミルクや砂糖は要るか?と聞かざるを得なかった。たったそれだけのことも知らないまま過ぎた3年間。  あの時間を、千佳と響子のように過ごせたらどんなに良かったか。

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