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第626話 Dear friends (7)
涼矢は向かいの席の千佳を羨ましく思った。その視線に気付いた千佳が、涼矢を見た。「遠距離で淋しくなることって、ある?」突然そんなことを尋ねてくる。
「基本、淋しいよね。」咄嗟のことに、取り繕う余裕もなく、そのまま答えた。
「どうやって埋め合わせるの?」
「え……?」
「まめに連絡取るとか?」
「ああ、まあ、できる範囲で。」
「でもめったに会えないでしょう?」
「そうだね。年に2、3回、かな。」
「キツイなぁ、それは。それでも続くのってすごいよ、うん。」千佳は自分の言葉にうんうんと頷いた。「そうだ、お守りみたいなものを持ってたりする? 願掛けしたミサンガとか、思い出の品物とか。」
「特には。……あ、これがあるか。」涼矢は耳を触る。
「ピアス?」
「うん。」
「彼からのプレゼント?」
「そう。」
千佳の目が、何か思いついたというようにきらりと光る。「お揃い?」
「うん。」
「素敵。」と響子が言った。
「じゃあ、哲ちゃんにはこれをあげるわ。」千佳がごそごそとバッグを漁り出した。急な思いつきのように言いながらも、出てきた物はきれいな紙で包装され、リボンまでついている。
「千佳ったら、自分だけそんなの用意してたの。」と響子が不満そうに言った。
「なんだろう。」哲は遠慮することなく、その包みを受け取った。開けてもいいかといった確認もしないで、バリバリとその包装紙を破った。
「せっかくきれいに包んであるのに。」と響子は言ったが、すぐに「でも、その場でバリバリ開けるのは欧米式だからいいか。」と言い直した。
「いいのいいの。適当な紙で私が包んだだけ。」
「千佳、昔からそういうの器用だもんね。」
哲は包装紙の中のものを取り出した。「本?」
「うん。しかも、古本。私が英語の勉強兼ねて、何度も読んだからあまりきれいじゃないよ。ガッカリしたと思うけど、私の一番好きなお話。」
「大事にしてたんじゃないの?」哲がその少し黄ばんだ本の表紙を千佳に見せた。英語のタイトルだ。
「The Gift of the Magi」響子が呟いた。「『賢者の贈り物』ね。」
「ああ、日本語では読んだことある。」と哲が言い、ページをパラパラとめくる。「ありがたくもらっておくよ。飛行機で読むかな。」
「ね、あんな古本だから、大したことないでしょ。」と千佳は響子に耳打ちした。プレゼントを用意してこなかった響子へのフォローだろう。
「『賢者の贈り物』かぁ。哲ちゃんにぴったり。」と響子は言った。
「どうして?」哲が聞き返した。
「なんか……なんとなくよ。」
自慢の髪を売り、夫が大切にしている時計のための鎖を買う妻。その妻の美しい髪を飾る櫛を買うために時計を質に入れる夫。そんな無駄な贈り物をしあうことになった「愚者」こそが、誰よりも愛する人を慈しむことのできる「賢者」なのだという、美しい物語。それのどこが哲にふさわしいのか。考えてみたものの、涼矢にも分からなかった。ただ、「なんとなくぴったり」と言われれば、そんな気もした。
そうして壮行会はお開きとなった。結局「割り勘」は冗談に終わり、哲の分は残りの3人で等分して奢った。それから涼矢が順繰りに車で送り届けた。最初は哲を。それから響子を。最後は家が一番遠い千佳だ。涼矢は、男性恐怖症の気 のある千佳が、自分と2人きりになるのは嫌ではないだろうかと思い、先に千佳を送ることも提案したが、響子を遠回りさせるのは悪いからと千佳が断った。
そんな経緯で、涼矢と千佳はまたも車内で2人きりになった。その途端に千佳が大きなあくびをするのがミラー越しに見えた。
「眠いなら寝ていいよ。道は覚えてる。」
「あっ、ごめん。平気よ。さっきの本ね、昨日プレゼントにすることを思いついて、だったら最後にもう一度読み返そうと思って、読んでるうちに寝るのが遅くなっちゃった。」
「プレゼントしてよかったの? 気に入ってるんだろ。」
「欲しかったら、いくらでも売ってるからまた買うよ。でも、哲ちゃんには新品じゃなくて、あれを渡したかったの。渡したかったっていうか、持っていてほしかった。」
「ん? よく分かんない。」
「だって私……。」千佳の声が少し遠くなる。「哲ちゃんのこと、今でも好きなんだよ。もちろん、とっくに振られてるし、つきあえるとも思ってない。でも、好き。だからすごく淋しい。ヨーロッパなんて遠過ぎる。涼矢くんも響子も行ってらっしゃーいって感じだけど、私は、本音ではね、行ってほしくない。でも、だめでしょ、ちゃんと、頑張ってねって、送り出してあげなくちゃ。でも、行っちゃったら、私のことなんか忘れちゃうかもしれなくて、そう思ったら、なんか。」
「それで俺にも聞いたの? 遠距離のお守り。」
「そう。きっとそういう、お互いをつなげてるものがあるんだろうなって思って。そしたら、やっぱりあった。」
「それなら哲からも何かもらえば。」
「私は片想いだから、いいの、一方通行で。哲ちゃんがあの本持っててくれて、できればたまに読んでくれて、ううん、読まなくてもいい、背表紙を見た時だけでも私のこと考えてくれれば、それでいいの。」
「健気だね。」
「臆病なのよ。」
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