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第627話 Dear friends (8)
しばらく沈黙が続いた。千佳の家まではまだ20分ほどかかる。涼矢がラジオでもかけたほうがいいのだろうかと思った時に、千佳が話しかけてきた。
「ひとつ、聞いてもいい? なんでピアスにしたの?」
「うーん。深い意味はないんだけど。」
「お揃いにしようって言ったのは、えっと、和樹くんだっけ? 彼氏のほう、でしょ?」
「なんでそう思うの。」
「お揃いのアクセサリーなんて、涼矢くんが思いつきそうにないから。」
涼矢は、ふっと息を吐くように小さく笑う。後部座席の千佳は気づかないほど小さく。「半々かな。」
「半々って?」
「何かを……離れててもお互いのことを身近に感じられるようなものを、持ちたいねって。それは彼が言い出した。何がいいかを聞かれて、ピアスが良いって言ったのは俺。」
「へえ、涼矢くんがピアスに決めたんだ。でも、どうして?」
「アクセサリーならずっと身に付けておけるし、でも、指輪だと重すぎる気がしたし。まぁ、ネックレスとかでも良かったんだけど、その話をしてた時、ちょうど目の前に彼の耳が。」そこまで言いかけて、涼矢は急に恥ずかしくなり、黙ってしまった。
千佳が吹き出す。「そこで黙ったら却って気になっちゃうっつの! もう、涼矢くんは本当に嘘がつけない人だなあ。」
「嘘ならいっぱいついてるよ。」
「そう? たとえばどんな?」
「哲のこと、俺はあんまり好きじゃない。」
千佳はまたプッと吹き出した。「さっきのあれね。でも、今のが嘘でしょう? 涼矢くん、どう見ても哲ちゃんのこと好きだもん。」
「すごい奴だとは思うよ。いい意味でも、悪い意味でも。俺にはできないことができるし、俺がしないようなことをする。でも、腹立つことも多い。」
「でも、友達づきあいしてる。」
「ああ。」
「哲ちゃんは涼矢くんのこと、大好きよね。」
千佳の言葉に動揺するが、それを悟られないように淡々と答えた。「まあ、嫌われてはいないだろうな。」
「羨ましいよ。涼矢くんは哲ちゃんの特別な人だもの。私も嫌われてはいないと思うけど、たくさんいる中の1人だわ。」
涼矢はまた黙り込んでしまう。そんなことないよ、哲は千佳のことだって大切に思ってるよ。そう言ってやればいいことは分かっていた。けれど、千佳の言う通りかもしれないと思う気持ちも払拭できなかった。
「ほら、やっぱり正直。」千佳は笑った。「でも、涼矢くんのそういうところが好きだよ。私、哲ちゃんのこと好きだけど、言葉が信じられるのは涼矢くんのほう。」
「なんだよ、それ。」涼矢も思わず笑ってしまう。
「哲ちゃんが留学しちゃっても、またこんな風に、ごはん食べたり、してくれる?」
「うん。」
「その時、哲ちゃんの話ばかりしてもいい?」
「……いいよ。」
「留学してる間も、涼矢くんのところにはきっと哲ちゃんから連絡来るでしょ? そしたら、その話も、教えてくれる?」
「ああ。」
「あと、和樹くんの話も聞かせて?」
「それはやだ。」
「引っかからなかったか。」千佳が笑い、涼矢も笑った。
そうして、前回と同じく千佳の家の手前で、車を停めた。
涼矢は方向転換をして、自宅に向かう。今日は初めて車に3人乗せたが、やはり助手席には誰も座らせなかった。後部座席に3人を並ばせるとさすがに狭苦しかったが、誰も文句は言わなかった。そんな些細なことに「分かってもらえている」安心感がある。そんな「友達」を作ってくれたのは他ならぬ哲だった。
自宅に着き、ガレージに車を置く。ガレージは地下で、そこから家の中へはガレージ内のドアから入っていける。和樹はまだそのことを知らない。
地下から上がっていくと、浴室の隣にあるドアから室内に入ることになる。浴室は何度か利用した和樹だけれど、そのドアに気付いたとしても、おそらく収納庫の扉か何かだと思っていたことだろう。そして、リビングへ。部屋の灯りもテレビもついていたから、佐江子の姿は見えないものの「ただいま。」と言った。
「ん、おかえり。」佐江子はテレビの前のローソファにだらしなく寝そべっていたようだ。そして、起き上がる気配もない。「どこか行ってたの。」
「友達とメシ食いに。」
「ふうん、珍しい。何食べたの。」
「モールの、バイキングの。」
「ああ、若い子が行くところね。最近できた。」
「そうだね。」最近、と佐江子は言ったけれど、その店がショッピングモールに入ったのは4、5年前のはずだった。だが、それを訂正する意味はない、と涼矢は判断した。それに、佐江子にとっては4、5年前は実際「最近」のことなのだろう。涼矢にとっては、紀元前と後ほどの違いがあるけれど。――和樹に出会う以前と、以後。
7月上旬。和樹はまだあと2日、試験日程を残していた。試験勉強が不要なほど余裕があるわけでもなければ、落としていい科目ばかりというわけでもない。そんなタイミングだというのに、空港に向かう電車に乗っていた。
どうして俺が、と、この期に及んでまだそんな思いが消えない。だが、自分が蒔いた種だった。
「俺が見送りに行ってやるよ。」そう言ったのは自分なのだから。
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