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第632話 phone call (1)
今まで着けていたピアスはシンプルな円型だったが、今回はフープタイプだ。塾で問題視されないかが気がかりだが、着けてしまえばそんなに派手には見えない気がする。単にピアスを着けた自分の顔を見慣れただけかもしれないが。ダメならダメで、早坂から何か言われたら外して、バイト先には着けて行かないようにすればいいだけの話だ、と結論付けた。
和樹は何の文言もつけずに、ただピアスを着けた自分の顔の画像を涼矢に送信した。間もなく涼矢からもピアスを中心にした構図の写真が送られてくる。髪が邪魔なようで、片手で髪をかき上げている。耳から首まで見えるが、顔は半分ぐらいしか入っていない。ちゃんと顔入れろよ、意味ねえじゃん。和樹はそう毒づきながらも、涼矢の首から鎖骨のラインに釘付けになる。今すぐそこに触れたい。あるいはキスしたい。跡が残るほどの。そんな衝動に駆られる。
その瞬間に当の涼矢から電話がかかってきたから、驚いて一回スマホを落とした。寝そべって操作していた手元からベッド面に落ちただけのことなので、大したことにはならない。拾って、電話口に出た。
――画像、送ったよ。
涼矢が言う。
「ああ、見た。俺のも見た?」
――見た。和樹、似合うね。前のよりいいかも。
「派手じゃない?」
――普通だろ。
「そっか、ならいいけど。でも、俺はおまえに似合うと思って選んだんだからな。」
――似合っているかどうか、自分じゃ分かんないよ。
「似合ってるよ。」
――そう?
「うん。」
――おまえの見立てなら、大丈夫だな。
「それで、ま、とりあえず、誕生日、おめでとう。」
――ありがと。
「ハタチか。」
――ハタチだねえ。
「大人じゃん。」
――大人だよ。
「酒飲んだ?」
――飲んでない。
「佐江子さんは? 一緒にお祝いとか。」
――さっき帰ってきた。だから夕食一人だったし、簡単に済ませた。
「哲も淋しい奴だけど、おまえも淋しいのう。」和樹はわざと老人のようにしゃべった。
――淋しくないよ。ピアスもらったし、和樹の声聞けたし。
「満足?」
――満足はしないけど。
「おや。」
――声だけじゃね。
「1ヶ月チョイの辛抱な。」
――辛いなぁ……。あ、いや、違う。そうそう、その話しなくちゃいけないんだった。
「何?」
――おまえさ、帰省する気まったくないの?
「ないよ。」
――金の問題?
「まあ、そうだな。去年も帰ってないけど別に文句も出なかったから、いいかなぁって。その分おまえが長くこっちいてくれたほうが。」
――ポン太の件。
「あれね。どうなった?」
――7月21日だって。日帰りで。
「ああ、それなら平気。夏期講習が始まるのとかぶるけど、7月中は俺のシフト入ってないから。」
――夏期講習だけ? 普段のクラスは休み?
「うん、夏期講習だけ。だから7月下旬は塾バイトないんだ。」
――じゃあさ、ポン太連れて帰ってこない?
「は?」
――ポン太さ、行きのバスは取れたんだけど、その日の帰りの便がもう売り切れてるんだって。だから帰りはなんとかして新幹線で帰って来なきゃならないんだけど、あいつ1人で新幹線乗れないって騒いでるんだ。
「そんなの、こどもじゃあるまいし。」
――残念ながらこどもよりひどいから。こどもなら言われた通りに動くけど、あいつパニくると勝手に動き回るから。
そう言われてなぜか納得してしまった。
「それで、俺に引率しろって?」
――柳瀬が、つか、柳瀬の親がだけど、新幹線のチケット代はおまえの分含めて用意するって言ってる。他人様に迷惑かけることなく、あいつを生きて家まで送り届けてくれさえすれば。
「俺様には迷惑かけていいのかよ。」
――でも、ほぼ片道料金で帰省できるよ。
「うーん。おまえはそうしたほうがいいと思う?」
――うん。
「即答だな。そんなにポン太が可愛いか。」
――馬鹿か、おまえが帰ってくるからだろうが。
「え。」
――東京で会う時みたいには一緒にいられないけど、それでもさ。会えるチャンスは無駄にしたくない。8月の東京行きは、それはそれでちゃんと行くつもりだし。
「……うん、まあ、そりゃ安く帰れるのはありがたいし、おまえがそう言ってくれるなら。」
――ポン太だの哲だの、俺関係の馬鹿のせいで迷惑かけて悪いとは思ってるけど。
「ひっでえ言い方。」和樹は思わず笑ってしまう。「それに、哲は馬鹿じゃないだろ。ポン太はともかくとして。」
――馬鹿だよ。自分で自分を傷つける奴はみんな馬鹿。
「そ。」そんな言い方があるか。口をついて出そうになったのはそんな言葉だった。けれど、涼矢の言葉はかつての涼矢自身に向けられてもいる。そのことにすぐに気付いて、言葉に詰まった。
――あいつ、何か言ってたか?
「哲のことなら、大した話はしてないよ。」
――嫌な思いしなかった? 大丈夫?
「あ、うん。普通。」
――普通ってことは、なんかやられたんだな?
「あいつ、おまえのこと涼矢って呼んでるの?」
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