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第639話 phone call (8)

――まあ、でも、飽きることはない、か。次から次へとよく個性的なキャラクターを思いつくもんだな。  最大限の賛辞はそれに尽きた。  そうして6冊め、つまり11巻を読んでいる頃には0時を過ぎて、さすがにもう掛かっては来ないだろう、と思い、この1冊を読み終えたら和樹におやすみのメッセージでも送ろうと思ったその時。  入浴の時に音量を上げたままになっていたスマホが、いつもより大音量で着信を知らせた。 「はい。」 ――明生です。 「うん。おかえり。」 ――おかえり? 「そう言いたくなったから。」  クサいセリフが満載の漫画など読んでいたせいだろうか。いつもなら決して言わない、そんな言葉が出てきた。 ――いろいろ考えてみたんですけど。  明生は、さっきの勢いに任せた話し方ではなく、ひとつひとつ確認するように語り出した。そのせいで逆につっかえたり、時系列が前後したりもしたが、少なくとも「誠意」を持って涼矢に話していることはよく伝わった。  塾には和樹のことが好きな菜月という女の子がいて、バレンタインチョコを渡していたこと。菜月は水泳教室にも参加していて、その頃から和樹を慕っていたこと。  そんなエピソードを聞いて、涼矢は昨日のエミリからのメッセージを思い出した。和樹の教え子の女の子へのプレゼントを、エミリが選んでやったとかなんとか。 「その菜月ちゃんて子、最近、和樹から何かプレゼントもらってない?」  そう尋ねてみると、案の定だった。  今日は塾でテストがあり、その「菜月」という女の子の誕生日で、彼女は和樹からペンをもらっていたという。そんな話を聞かされたところで、さすがに中学生を相手に本気で嫉妬はしないが、おもしろくはない。それでも明生には余裕を見せたくて、その話はプレゼント選びにつきあった共通の女友達から聞いているから、とっくに知っているのだと匂わせた。  それは明生に対する一種のマウンティング行為だったが、それだけではなかった。"恋人のいる都倉先生が、女の子とプレゼント交換なんかしている"――明生は少年らしい純朴さでそれを一大事だととらえ、当の恋人である俺に伝えるべきかどうか、思い悩んでいたのではないか。  涼矢はそう推理して、だからこそ「俺と和樹の仲はそんなことぐらいで壊れやしないよ、安心して」という気持ちでエミリのことを伝えたのだ。 「あいつ、そういうとこ、マメだからなあ。」そんな言葉まで付け加えた。  だが、その推測は外れていたことを、涼矢はすぐに思い知る羽目になる。 ――ピアス。  明生は呟くようにそう言った。涼矢が聞き返すと明生は言った。 ――涼矢さんはピアスもらいましたよね? お揃いの。  昨日の今日で何故明生がそんなことを知っているのかと思うが、和樹のことだから、隠し立てもせず新しい揃いのピアスを塾にもしていったのだろう。初めて会った時も、髪をかき上げたほんの一瞬を見逃さずにピアスに気付いた明生なら、すぐに気付いてもおかしくない。 「え? あ、ああ、なんか、恥ずかしいね。そう言われると。」  正直な気持ちを伝えた。 ――先生もしてました、今日。僕、それに気が付いて、言ったんです。新しいピアスしてますねって。  やっぱり、と涼矢は思う。しかし、明生よりも偉い先生に怒られやしなかったかと気になった。その一方で、明生が話を続けたそうにしていたので、涼矢はそれに耳を傾けた。 ――そしたら、その。  明生は言いかけては黙り込む。何か言いづらいことがあったのか。やはり、明生以外の誰かから何か言われたのかと心配になった。 ――先生、急に、真顔になって。ピアスは涼矢さんへの誕生日プレゼントで、お揃いなんだって言い出したんです。  しかし、またも予想は外れた。なんだ、和樹の奴、こんなこども相手にノロケたのか……と恥ずかしくなる。けれど、明生の口調は至って硬いままだ。 ――その時は、僕だけだったから、ほかの人はそのこと、聞いてないから、大丈夫です。  それを聞いて、合点が行った。明生は俺たちの秘密を守ろうとして、緊張していたんだ。まったく、教え子にこんなことまで気を使わせるなんて、後で和樹に忠告をしておこう……と涼矢は思う。  言い終わってホッとしたのか、電話の向こうで明生が大きく息を吐く気配がした。気を使わせてごめん、そんな意味のことを言ってやろうと口を開いた時だ。明生が言った。 ――それで、今は涼矢さんのことしか考えられないから、ごめんって、言われました、いきなり。  涼矢はようやく明生からの電話の意味を理解した。  ……そうか。明生はこのことが言いたかったんだ。何が「和樹に忠告してやろう」だ。全然分かってなかったのは俺じゃないか。女の子との誕プレ交換なんてどうでもいいけど、俺とのことを今、この子につきつけるなんて。こんなタイミングで、どうしてそんなこと。  ……いや、分かる。分かるけど。明生に変な期待を持たせたくなかったんだろう。俺があいつに告白した時みたいに、明生が感情を抑えきれなくなったらどうしようって思ったんだろう。そうなるまで気付かない振りをするなんて、出来なかったんだろう。

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