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第646話 ベリーミックスパンケーキ (1)

「あ、あります。」ポン太はガサゴソとリュックを探り、ぼろぼろの角2封筒を出して、それごと和樹につきだした。「これっす。資料請求ってのしたら、それ送られてきたっす。」 「先にそれ出してよ。」和樹は封筒から学校案内を取り出す。パラパラとめくると、音楽関係の様々なコースがあることが判明した。プロミュージシャンを目指す学科もあれば、音響や照明などステージを創る側の学科もある。「これの、どれやるの。」 「ギターっす。」 「ギタリスト?」 「いや、作るっす。」 「えっ?」 「ギターを作る職人っす。」 「ああ。」和樹はまたページを繰り、確かにそういった楽器制作の学科があることを確認した。「でも、この学科だったら御茶ノ水じゃないよ。高田馬場(たかだのばば)の別校舎。」 「高田のババア?」 「違う、駅の名前。高田馬場。」 「それ、東京っすか。」 「東京だよ。問題なく行ける距離だけどさ、そういうの、ちゃんと調べてこないの、まずいんじゃない?」 「あ、サーセン。」 「でもなぁ、進学相談は本部校舎って書いてあるしなぁ。電話して聞くか。」和樹はスマホを手にするが、その画面の時刻表示で、まだ8時前であることに気が付いた。「9時ぐらいになったら電話してみよう。」 「ういっす。」 「自分でかけろよ?」 「え、俺、そういうの無理っす。」 「そういうのって。」 「敬語とか。」 「自覚はあるんだ。」 「あり寄りのありっす。」 「普通に、あります、って言えよ。」 「和樹さん、なんかガッコの先生みたいっすね。」 「はは、本当にそう思う?」 「ういっす。」  一応、バイトながら「先生」と呼ばれる立場ではある。ポン太にも分かるぐらい、「先生」っぽくなっているのだろうか。そんなことを考えていたら、ポン太が言った。 「和樹さん、頭いいんすね。涼矢さんも超天才だし、やっぱすげっすね。」 「涼矢ほどじゃないけどさ。……あ、そういや、柳瀬……っておまえも柳瀬か。兄貴のほうさ、国立受かったんだろ。すごいじゃん、そこ、涼矢が落ちたとこだよ?」 「あれはズルだから。」 「ズル?」 「だって1年多く勉強してるっしょ。涼矢さんだって1年余分に勉強すりゃ絶対合格してたっす。」 「そうかもしれないけど、1年余分に勉強するのだって大変なんだから。浪人したからって絶対受かるわけでもないし。少しは尊敬してやれよ。」 「いや、無理っす。兄貴はそういうとこズルいんすよ。だから女にも振られるっす。」 「振られたの?」 「そっす。」ポン太はやけに嬉しそうに笑った。「だいたい、ソウにはもったいなかったんすよ、あんな可愛い子。」  ソウ、という聞き慣れない呼び名を聞いて、柳瀬の下の名が総一郎であることを思い出した。 「年子だっけ、ポン太と柳瀬。」 「そっす。」 「仲良いんだな。」 「ちょ、無理。」 「だって彼女の顔まで知ってたんだろ? 俺にも兄貴いるけど、お互いの彼女なんて今まで見たことない。」 「じゃ、涼矢さんのこと、知らないんすか。」 「あー。」和樹はしまった、と思いながら鼻の頭を掻く。「いや、それは知ってる。その、ちゃんとつきあってることも含めて。」 「そっちこそ仲良いじゃないすか。」 「まあ、普通に。」 「普通っすよ。俺んちも普通。だからやなんす。」 「ん?」 「なんかもう、みんな、おんなじでつまんなくなったっす。だから、東京でギター作りたいって。」 「話が飛ぶなあ。」和樹は笑った。だが、言いたいことはなんとなく分かる気がした。  それからふと、ポン太が「普通」という言葉を使ったことに思いを馳せた。兄貴と俺は確かに「普通に」仲が良い兄弟だと思う。ポン太兄弟もきっとそうなんだろうと思う。けれど、弟に同性の恋人がいる、そして、そのことを兄も知っている……その状況は決して多数派という意味での「普通」ではないはずだった。 ――そういやポン太って、最初っからこうだよな。  涼矢が頼んだらすぐにピアスホールを開けに来てくれて、和樹はそこで初めてポン太と顔を合わせた。その場で涼矢と恋人関係にあることがバレて、とっくに知っているはずの柳瀬のほうは動揺してたというのに、このポン太はあっけらかんとそれを受け容れた。  ポン太にとっては、同性でつきあうことなど普通かどうか考えるまでもなく「普通」のことなのだ。そして、彼はそんな「普通」から脱却したくて、今日ここに来たのだ。――好きな奴同士がつきあうのは普通のことだろ。相手が同性だからって何だって言うんだ。俺はそんな「普通」じゃなくて、「特別」になりたいんだ!!  ポン太の抱いているであろうそんな"野望"は、和樹の気持ちを楽にしてくれた。無論、ポン太本人はそれを知る由もないのだが。  そして、涼矢が、このポン太を殊更に気に入っている理由が分かった気がした。

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