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第647話 ベリーミックスパンケーキ (2)

 頃合いを見て、専門学校に問い合わせの電話を入れた。ポン太に頼まれて、結局和樹が電話をする羽目になった。  電話の相手によれば、入学方法やカリキュラムについては本部校舎で説明するが、実際の校舎が見てみたいなら直接該当の校舎に行っても構わない、とのことだった。 「……ってことは、御茶ノ水には行かなきゃならないけど、高田馬場の校舎のほうはどうする? 見てみる? 俺はどっちでもいいけど。」 「俺もどっちでもいっす。」  そんな少々頼りない返事を聞いて、和樹は苛立ちながら言う。「どっちでもいいって、おまえが行きたい学校だろ?」 「そっすけど、でも、この学校しか行く気ないし、見ても見なくても気持ちは変わんないす。」  頼りない返事の割に、確固たる意志表示をしてくる。「それとさ、他にも音楽系の専門、いっぱいあるよ。この学校にこだわる理由ってあるの? 他も調べた?」この質問にすら「いや、別にどこでもいいんす」などという返事をするようなら、一言言ってやろうと思いながら尋ねた。 「えと、これ。」ポン太はリュックから財布を出し、更にその中から何やら小汚い紙片を出した。和樹に渡してくれるのかと思えば、大事そうに自分の手の平に載せるだけで、渡す気はないようだ。仕方なく和樹はそれを覗き見るようにした。「この人、俺が一番好きなギタリストで。」紙片は雑誌の切り抜きだった。 「ああ、うん、知ってる。」 「このギター、かっこいいなって思って。」  和樹の目から見ると、特別変わった形でもないし、目立つ柄が描かれているというのでもなく、正直違いは分からなかった。 「このギターを作った人が、この学校と関係ある?」 「そっす。この記事、あ、なんかかすれちゃってよく見えないけど、ここんとこに、書いてあるっす。」  ポン太の指差す先には、ギターを構えるミュージシャンの写真と、その写真の説明が書いてあった。 ――使用するギターはどれもフルオーダーで世界に1つ。彼のギター制作を一手に引き受けているのは、国内外の著名なギタリストに引っ張りだこの……  記事には制作者の実名まで書かれていた。「この人が、この学校にいるの?」 「はい。調べたっす。ここの講師だって。」 「どうやって調べた?」 「この雑誌の会社に電話したっす。」 「敬語使えないから、そういうのは嫌なんじゃないのかよ。」 「そん時は、他に誰もいなかったから。」 「じゃあ、さっきも自分でできただろ。」 「出来る人がいるなら、その人がやったらいいじゃないっすか。」 「そんなこと言ってたら、いつまで経っても自分でできるようにならないだろ。」 「1人しかいなけりゃやるんで、問題ないっす。」 「こっちは大ありだよ。」和樹はため息をつく。 「え……なんか怒ってる?」ポン太は急に小さくなった。 「当たり前だろ。」 「なんでっすか。」 「なんでって、そりゃあ。」自分でできるのに、俺に電話を掛けさせたから。……ということなのだけれど、言葉にしてみれば随分とチンケな話だった。「まあ、もういいよ。次からは自分で電話しろよ。電話だけじゃなくて、必要な情報調べたりさ、自分でやらないと。専門入るとなったら、こっちで1人暮らしするんだろ。なんでも自分でやる覚悟決めなきゃ。」 「ういっす。」 「なんて言ってる俺は、家事とかあんまりできてないけどさ。」和樹は独り言のように言う。  その和樹のセリフは話半分で、何やら考えていたポン太が急に声を張り上げた。「よし、俺、決めたっす。やっぱ、あの先生のいるとこ、見てみたい。」 「行くか? 高田馬場も。」 「うす。」  そうして、まずは御茶ノ水に移動することになった。電車の中で、ポン太はぽつりと和樹に言った。 「人、いっぱいっすね。」 「何、急に。」 「こんなにいっぱい人いても、知らない人ばっかりすね。」 「……うん。」 「和樹さんはどこ住んでるんすか。」 「西荻窪ってところ。この電車の沿線。」 「いいとこっすか。」 「まあ、特に不便はないな。」 「アパート?」 「うん。」 「空き部屋ないっすかね。」 「来んなよ?」和樹は苦笑いした。 「いいじゃないっすか。」 「やだよ。」 「涼矢さん来た時には呼んでくださいっす。一緒に鍋とか、いいじゃないすか。」 「絶対やだよ。」 「……そっか。俺、こっち来たら、涼矢さんと離れるんすね。」 「何を今更。」  ポン太はドアの脇の手すりに寄り掛かるようにして、ハア、と大げさなため息をついた。「淋しいなあ。」 「おまえが言うなよ。」 「そうだ、和樹さん、俺と一緒に住んだらいいじゃないすか。家賃、半分で済むし。俺がやってたバンドのドラムとベースの奴、そうしてたっす。」 「やだよ、おまえ絶対何もしないだろ。」 「何するんすか。」 「だから、掃除とか洗濯とか。メシだって毎日コンビニ弁当ってわけにはいかないだろ。」 「あー……。やっぱやんなきゃだめすか。」 「当たり前だろ。」 「和樹さん、やってるんすか、それ。」 「……やってるよ、一応。」 「さっき家事あんまりできないって。」 「聞いてたのかよ。」 「涼矢さんいたら、全部やってくれるのに。」  和樹の眉がピクッと上がる。「は? 涼矢が何?」

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