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第649話 ベリーミックスパンケーキ (4)

 和樹はまじまじとポン太を見つめた。シジミのような目。丸い鼻。ぽってりとした唇。肌はやけにきれいだ。金髪の根元が黒くなりつつある。そして、多数のピアスでルーズリーフのようになっている耳。ろくに噛まずに牛丼をかきこみ、無造作にコップの水を飲む。目の前のポン太は、何を取っても、そんな才能があるようには見えない。「……でも、1人暮らしとなったら、仕送りしてもらうわけだろう? 専門って、4年制より授業詰まってて忙しいらしいぞ。バイトする余裕ないかもよ。」 「だとしても、できるだけ頼らないつもりっす。だから、和樹さん、俺と一緒に。」 「ルームシェアとか絶対しねえから。」 「だめすか。」ポン太はしゅんとする。ルームシェアなんて冗談で言っているとばかり思っていたが、本気だったのだろうか、と思う。だからといって、そんなことをするつもりがないことには変わりはないが。 「とにかくさ、一生なーんもしないで生きていけるほどの金があるならともかく、そうじゃないなら、やっぱり、就職のことも考えなくちゃまずいと思うよ。おまえ、高校中退してんだろ。ただでさえ親に苦労かけてるんだから、尚更。」  ポン太は丼を持ち上げて、最後の一口をかきこみ、器を置いた。「俺は頭悪いし、何やっても出来が悪いから、仕事は、俺にやれることならなんでもやるし、なんでもいいっす。キツい現場でも、日雇いでも、なんでもいいんす。けど、自分でギターを作れるようになりたいんす。それで金稼げるかどうかは、あんまし、関係ねえっす。バンドのメンバーは、曲書ける奴とか、詞が書ける奴とか、パソコン使ってバンドのサイト作ってくれる奴とか、俺以外、なんかできる奴ばっかで。俺、歌って、ちょこっとギター弾くだけしかできなくて、俺だけができる何かってのがなくて、なんか、悔しかったから。」 「そのバンドって、解散したの?」 「や、無期限休業っす。俺がなんもしたくなくなっちゃって。ライヴやればお客さんは来てくれるし、楽しいんだけど、でも、気が付いたら、俺はみんなの言う通りにやってるだけで、ライヴの後、すげえ落ち込むんすよ。けど、俺は、みんなの言う通りにしかできなくて。だから、俺も、俺だけの何かっての、欲しいんすよ。」 「バンドの人たちに何か言われた?」 「言わないっすよ。あいつら、すげえ良い奴で。無期限休業も俺のわがままなのに、いいよっつって。俺が抜けるか、解散したほうがいいかなって言っても、俺の気が済むまで待つからって。」 「それがギター作り?」 「うっす。」 「そっか。」 「だから、やるしかないっす。あいつらのためにも。」 「……そっか。」  和樹も自分の牛丼の残りを食べた。先に食べ終えているポン太は、スマホを取り出して何やらチェックを始める。 ――それでもポン太は、何かの役には立ってるんだろうな。  隣のポン太を見ることはしないが、その気配を感じながら、和樹は思った。 ――ポン太は、少なくとも涼矢が可愛がるだけの価値がある。きっとバンドのメンバーも、彼に対してそういう気持ちを抱いているに違いない。ポン太のそばにいると、何故だか気が楽になる。「なんだ、これでいいんだ。」と思える。それだって、誰にでもできることじゃない。でもポン太自身にはそれが分からないんだ。 「ごちそうさま。」和樹は空になった器に向かって、両手を合わせた。  店を出て、和樹は時間を確認した。「さてと。これからどうする? うち来るか?」 「はい、行きたいっす。」ポン太はニコニコとした。 「せっかくだから、もっと東京らしいとこに連れてってやりたいけど、俺、まだ実家帰る準備、何もしてなくてさ。なんだったら、ひとりで新幹線の時間まで好きなところ行ってこいよ。渋谷でもお台場でも。」 「いえ、和樹さんに着いていくっす。」 「あっそ。」  2人はそれからまた電車を乗り継ぎ、和樹のアパートに向かった。  宏樹にエミリ、そして涼矢。和樹の部屋を訪れたのはポン太で4人目だ。だが、辛うじて「お邪魔します」とは言ったが、和樹がどうぞと言う前にズカズカと部屋の中に入り、いきなりベッドにダイブしたのはポン太が初めてだ。 「あっ、おい、こらっ。」 「いっすよねー。ベッド。」 「実家は布団?」 「や、ベッドっす。でも、ガキの頃の2段ベッドのままだから、こんな風にフカフカしてないっす。」 「2段ベッド? まさか、今も兄弟で……。」 「いやいやいや、それはヤバイっす。2段だったのを、分解して、今はそれぞれ使ってるっつーことっす。」 「だよな。びっくりした。」 「これ、広いし、いっすね。」 「セミダブルだからな。部屋のサイズにしては大きいんだけど。」 「和樹さんも涼矢さんも、背ぇ高いっすもんね。」  ベッドのサイズの話題で、2人の名前を並列されると少し恥ずかしい。だが、ポン太がそういう意図をもってわざと言っているとも思えないから、それについてはスルーした。「そんなことより、いいかげん降りろよ。」

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