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第651話 ベリーミックスパンケーキ (6)
和樹はこれまで、和菓子を買おうとしたことがない。だから、「ばあちゃんが喜びそうなまんじゅう」を売っているような和菓子店にも心当たりはなかった。道すがら土産物になりそうなものを物色するが、これといったものは見当たらない。そんな時、ふと思い出した。
「ここより、2つ先の駅のほうがあるかも。結構大きいアーケード商店街があってさ、和菓子屋さんも見かけた気がする。」
「俺はどこでもいっすよ。」
新幹線の時間まではまだ3時間近くの余裕があるが、かといって今から渋谷などに寄るのは気が進まない。ポン太はきっと勝手にあちこちフラフラしては写真を撮り、嬉々としてSNSにアップすることだろう。そんなポン太を連れ歩くのは精神的にも疲れそうだ。その意味でも今から向かう商店街程度がちょうど良い、と思う。
和樹はポン太を連れて、目当ての商店街に行った。
「すげえ人ですね。なんかイベントやるんすかね。」
「いつもこんなもんだよ。」
「へえ。こういうとこでライヴやったら、いっぱいお客さん来てくれるっすかね。」
「どうだろうね。人がいっぱいいるってことは、ライバルもいっぱいいるってことだし、お客さんの目も肥えてるからなぁ。その中でお金払っても観たいって思われるのは、娯楽の少ない田舎より、よっぽど大変なんじゃない?」
「うっわ、和樹さん、厳しいっす。毒舌。」
「これは別に毒舌じゃねえだろ。きゃっ……」客観的事実、と言いそうになってやめた。これは涼矢のセリフだ。
「きゃ?」
「客による、って話。」
「ああ、まあ、それはそうなんすけどね。」
商店街に入って早々に和菓子屋は見つかった。が、駅に近いその店は、贈答用がメインのようで、全体的に少し高めの価格帯に感じられる。他にもあるかもしれないから一通り見てからにしよう、と話して、また歩き出す。
案の定、ポン太はあっちへフラフラ、こっちへフラフラと落ち着かない。靴屋を見つければ「靴屋だ、あのモデルかっこいっすよね。」と言い、スニーカーを眺める。肉屋を見つければ「お、うまそ。」と言って、惣菜コーナーのコロッケを物欲しげに見つめる。そしてついさっきは「お、レコード屋。」と声を上げた。
――今時"レコード屋"なんて言うか、普通?
和樹は、今ではレコードはおろかCDもろくに店頭になく、高品質のイヤホンやヘッドホン、スピーカーなどの周辺グッズのほうがよほど豊富なそのショップを一瞥して、そのままその前を通り過ぎた。
こうして歩いていると、涼矢と一緒にこの商店街に来た記憶が蘇る。そうだ、ゴールデンウィークの時だ。あの時は驚いたな。偶然、明生に出くわしてさ。
そんなことを考えていたら、「先生。」という声がした。明生の声だ。彼のことを思い出していたから、そんな声まで思い出す……と思いきや、違った。「先生。」2度目ははっきり聞こえた。
「よう、明生。」不意をつかれて、つい、以前の呼び名が口をついた。「また会ったな。」
明生はキラキラと満面の笑みを浮かべ、「ですね。」と言った。
「一人? 買い物?」
「一人だけど、買い物じゃないです。さっき講習終わって、ただ、ブラブラしてただけ。」
「ああ、そっか、講習、今日からだもんな。しっかりやれよ。」
「先生も一人?」
「いや、ほら……あれ?」すぐ隣にいたはずのポン太がいない。和樹は最後にポン太が言っていた"レコード屋"に目をやる。「ああ、いたいた。おい、ポン太。」
ポン太はすぐさま和樹の元に戻ってきた。「サーセン。今日発売のやつ、見つけて。」
「買っていく?」
「や、地元のショップで予約してあるんで。今日発売って忘れてたっす。帰ったら取りに行かなきゃっす。」しゃべっているうちに、和樹の隣に少年がいることに気付いたようだ。
明生のほうは、金髪にピアス姿の男を見て、口を半開きにしている。理解不能といった様子だ。ポン太はいきなり手を伸ばし、「ちっす。」と言いながら明生の頭を撫でた。そして、撫で続けたまま、言う。「和樹さん、このガキ、誰すか?」
「生徒さん。今、俺、塾の先生やってて。」
ようやく明生の頭から手を離すと、腰を屈めるようにして、明生の顔を覗き込む。「へええ。おまえ、偉いな。ショーボーなのに塾行ってんのか。」
「僕、中学生ですけど。」明生はあからさまにムッとした。
「チューボーか。でもやっぱ偉いな。俺、ベンキョーなんてハタチ過ぎるまでやったことねえもん。」
すかさず和樹が「今おまえ18だろ。」と突っ込んだ。ポン太は「アハハハ。」と笑うばかりだ。
和樹は明生のほうに向き直り、ポン太を紹介した。「こういう人にならないように、ちゃんと勉強しろよ。」と付け加えるのも忘れなかった。
「ひでっすよ。だからこうして、ちゃんと専門学校行こうとしてるじゃないっすか!」ポン太はさっきの明生のように口をとがらせて不満を言うが、本気で怒っているわけではないのは見れば分かった。かと思えば、急に拳を掲げて、「ギターを作る人に、俺は、なる!」などと大袈裟に宣言してみせた。
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