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第653話 ベリーミックスパンケーキ (8)

「人見知りの割には、涼矢とはすぐ打ち解けてたよな。」和樹がそう言うと、突然ポン太がくるりとこちらを向いた。 「涼矢さん? 涼矢さんと、このガキ、知り合いなんすか。」 「おまえがしゃべるとややこしくなるから、黙ってて。」  そんな時、タイミング良く、店員が注文の品々を持ってきた。ポン太の関心は一気にそちらに移動したようで、スマホでさかんに写真を撮る。被写体はポン太の前に置かれたベリーミックスパンケーキだ。生クリームとラズベリーやらブルーベリーやらのベリー類がたっぷりと乗っている。「すっげえリア充っぽい画像っす。東京っぽいす。女子ウケよさそっす。アップしなきゃ。」  ポン太がそちらに気を取られている間に、というわけでもないが、和樹は向き合って座っている明生をまっすぐに見た。「教室長に注意された話って、涼矢にしか言ってないんだよ。あんまりバイト先の愚痴とか言わないようにしてるんだけどさ、その時だけ、チラッとね。」 「はあ……。」 「それをおまえが知ってるってのは、つまり?」 「……。」 「涼矢から聞いたの?」  明生は小さく頷いた。  やっぱりそうか、と思いつつも疑問は残る。「2人でコソコソ連絡取り合ってんの? つか、なんで涼矢の連絡先知ってんの。」  明生は上目遣いで和樹を見ながら、おずおずと言う。「ここで前に会った時に……連絡先交換しようって言われて。」  和樹はその時のことを思い出そうと試みたが、2人が連絡先を交換している様子を見た覚えはない。――けど、ずっと3人でいたよな。俺だけいないなんてタイミングは会計の時ぐらいで。いや、その前にトイレに行ったか。  そうだとしたら、わざわざ和樹のいない僅かな隙を見計らって涼矢が明生に持ちかけた、ということだ。涼矢にも何か考えがあってのことだとは思うが、ひっかかる。「ふうん。まあ、別にいいんじゃない、それは。」涼矢が明生を気にかけているのは分かっていた。でも、問題はそこじゃない。和樹は本題を切り出した。「ただ、なんでそれを、俺に隠すのかなあって思うんだけど。」 「和樹さん、ガキ相手にそんな威嚇したらダメっすよ。ビビってますよ。」  こちらの話など関心なさそうにしていたポン太が、急に割り込んできた。 「ポン太は黙って……。」黙っていろ、と言いかけて、やめた。「いや、今のはおまえの言うとおりだな。悪い、明生。」  ポン太は明生に笑いかけた。「おめぇもさ、気にする必要ねえから。和樹さん、ホントはすげー優しい人だから。」  それから今度は、隣の和樹の肩をガシガシ叩きはじめた。「ね、和樹さん、アレっすよね、ちょっとした、ヤキモチ的な。」  和樹は手にしたコーヒーカップを危うく落とすところだった。ポン太の叩く勢いが強いせいばかりではない。その言葉にびっくりしたからだ。 「このガキと涼矢さんが自分の知らないとこで仲良くしてるのがおもしろくないっつー、それだけっすよね! マジで怒ってるわけじゃないっすよね!」  ポン太のセリフに、和樹は瞬時に顔を赤く染めた。  本当なら、そんなわけあるか、と言い返したかった。だが、言われてみればそうなのかもしれない。いや、その通りでしかない。きっと涼矢は明生に過去の自分を重ねて、心配してくれたんだろう。俺だってそうだ。明生に昔の涼矢みたいな思いをさせたくないって思ってた。涼矢にどうしたらいいかって、本当は逐一相談したかった。だって俺より涼矢のほうが、明生の気持ちを理解できると思ってたし。……だとしたら、明生がいちいち俺を介することなく涼矢に直接相談できることは、いいことのはずで。でも、実際にそうなっていると知れば、おもしろくなかった。それはつまり……ヤキモチだ。ポン太の言う通りだ。  和樹は「余計なこと言うなよ、黙ってろって。」と言うのが精一杯だった。  ポン太は和樹にそう言われ、こどもっぽくすねてみせた。  一方の明生は、しおらしく「ごめんなさい。」と謝った。  和樹は明生に言った。「どうせ涼矢が言い出したんだろ? 連絡先教えろって。」 「あ、はあ、まあ……。」  ポン太は早くも機嫌を直したようで、「へー、涼矢さん、こんなガキをナンパするんすね。」などと言った。 「違うっつうの。あいつは、こいつがちょっとしんぱ……」言いかけて、和樹は黙った。涼矢は明生にどう説明して、連絡先を教えたのだろうか。ここで俺がへたに何か言ったら、また明生を傷つけてしまわないだろうか。  しかし、今度は明生のほうが冷静に話し始めた。「そうです。僕のこと、心配してくれてたんです。でも、ずっと連絡しませんでした。菜月の誕生日の日に初めて電話しました。それから、時々、話を聞いてもらったりして。でも、最近は、本当にどうでもいい話ばっかり。うちの猫のこととか。だから、ヤキモチ焼かれるようなことは何も……。」  明生にまでヤキモチと言われ、和樹はまたも恥ずかしくなり、それを隠すためについ声を荒げてしまう。「当たり前だろ!」 「ごめんなさい、先生に黙ってて。でも、涼矢さん、すごい優しくて、お兄さんみたいで、つい、甘えちゃって。」

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