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第654話 ベリーミックスパンケーキ (9)
明生はもじもじしながらそんなことを言う。そんな殊勝な態度に、和樹は逆に更に恥ずかしくなってきた。――何やってんだ、俺は。こんな中学生相手に、ムキになったりして。ヤキモチも何も、涼矢は明生のためを思って連絡先を教えたんだし、それってつまり、結局は俺のためにしたこと、なんだろう。それなのに。
「うん、まあ、どうしてそういうことになってんのかの想像はついてるよ。とにかく、俺に言えないようなことはするなよ。」なんとかそう言って体裁を繕うと、いよいよ他に言えることもなくなって「プリン、食べれば。」と言った。
「はい。」と小さく頷き、明生はプリンを食べ始めた。
すると今度はまたポン太が騒がしい。「ちょ、和樹さん。」和樹の肩をガシガシ叩きながら興奮気味に言う。「ほら、噂をすればの涼矢さんですよ。」そう言いながら、スマホの画面を和樹に見せてきた。「さっき俺がCD屋で見てた新譜、良かったって。うわー、もう聴いたんだ、いいなあ。さっすが涼矢さんすよね!」
「今何してる?って聞いてみて。」和樹がポン太にそう言うと、ポン太は「ういっす」って言って文字を打ち込んだ。返事はすぐ来て、ポン太がそれを読み上げる。「えーと、家で勉強してるって。やー涼矢さん、まだ勉強してんすか。大学入って、まだ勉強すか。信じらんね。勉強しながら新譜聴いたみたいっす。うわー、俺もCD予約しないでダウンロードにすればよかったかな。」
ポン太は大学をどういうところだと思っているのだろうと訝しみながら、和樹はなにげなくポン太のスマホ越しにパンケーキを見た。その瞬間、悪戯心が湧きあがった。
「今、俺と明生と一緒にいるって送って。さっきのパンケーキの画像と一緒に。」
「ういっす。えと、いま、かずきさんと、あきおといっしょにいます。で、画像、と。」ポン太はスピーディーに入力を終えた。
――涼矢の奴、焦るだろうなぁ。
笑いをこらえながら「その時」を待つ。ポン太と会話中の涼矢だ、「その時」はすぐ来るはず。そう思ってテーブルの上に出しておいたスマホが、案の定、震え出した。
「はいはーい。」和樹はわざとらしいほど明るい声で電話に出た。
――和樹? 今、ポン太が。
「うん、そう。楽しくお茶してるよ。思い出のカフェで。なんか、俺の知らないところで、うちの生徒がお世話になったみたいで、俺からもお礼を言うよ。」
――それ、明生くんのことだよな? 彼がなんか言ったの?
「俺が無理に聞きだしたんだから、明生のことは怒らないでやってよ。」
――怒ってるのはそっちだろ。なんなんだよ。
「え? 俺? ぜーんぜん怒ってないって。」
――つか、今日はポン太と一緒のはずだろ?
「そう、ポン太も一緒。もう、明生のやつがさ、ポン太みたいなの連れてるのを教室長が知ったら、また怒られるんじゃないかって、俺のこと心配してくれてさあ。ホント、明生は優しい奴だよねぇ。」
――だから、どういうことだよ? 話が見えねえよ。
「ま、ともかく、今、お店の中なんで、込み入ったことはまた後で連絡するわ。」
そう言って和樹は一方的に電話を切った。
「で、明生。」和樹は改めて明生を見た。「やっぱり、きちんと話しておいたほうがいいと思うから言うけど。」
「はい。」プリンのスプーンをカチャリと置いて、両手を膝に置き、体を硬直させる明生。
「俺はね、生徒としておまえが可愛いし、それを抜いても、素直な良い子で、可愛いと思ってるよ。弟がいたらこんな感じかなって思う。水泳教室からのつきあいだし、まあ、涼矢のことも知ってるし、正直ね、他の生徒とは違った思い入れがある。先生としてはそういうの良くないんだろうけどさ。でも、それ以上でもないし、それ以下でもないんだ。わかるよな?」
「……はい。」うつむきがちの姿勢が、より深くなる。そのままテーブルにつっぷしてしまいそうだ。
「すげえひどいこと言ってるの、わかってるけど、できれば、これからも、今のままの距離感つうの? 先生と生徒でいてほしいんだ。もしどうしてもそれがキツイっていうなら、俺があの塾、辞めるから。」
明生は慌てた様子で顔を上げ、前のめりになった。「辞めるなんて、そんな、そんなこと言われちゃったら僕……。」
「ごめん、これじゃ脅してるみたいだよな。つまりさ、おまえを傷つけてまでやんなきゃいけない仕事じゃないってこと。俺、塾の仕事、それなりに責任持ってはいるつもりだけど、まあ、所詮バイトはバイトなんだしさ、おまえの気持ちのほうが大事。俺だって明生が大事なんだよ?」
「……はい。わかってます。」再び明生はうなだれて、かぼそい声で話した。「いいんです、僕、別に、その、先生のこと、えっと、好き…ていうか……そうなんだけど、その好きは、アイドルが好きなのと変わんないんだと思います。だから、辞めるとか言わないでほしいです。」
和樹は明生の言葉を聞いてホッとした。アイドルのように好き。それが本当なら、随分と気が楽になる。それならこの子は、俺に想いが通じないとしても――海になど行かないで済む。
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