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第655話 ベリーミックスパンケーキ (10)

「うん。ありがとな。」和樹は心からそう言った。俺を好きになってくれてありがとう。その気持ちに応えられない俺なのに、優しくしてくれて、ありがとう。そして、その気持ちを大事にしてくれてありがとう。――好きになることを恐れないでくれて、ありがとう。涼矢に対する想いとも重なる感謝の念が、自然と湧き上がる。  だが、その次には明生はこんなことを言った。「涼矢さんにも、もう、連絡しないようにします。」  和樹は一瞬ひるんだ。――違うんだ、明生。俺はそんな風に、おまえの気持ちのやり場を取り上げる気はないんだ。そんなこと、涼矢だって望まない。俺はただ。 「いや、それは、別にいいけど。てか、してやってほしい。俺にコソコソしない範囲だけどな。あいつだっておまえのことが可愛いんだろうし、おまえがあいつと話してて楽しいって思ってくれるなら、あいつ自身、救われるところがあるんだと思うんだよ。」  あいつはおまえに、諦めてほしくないって思ってるはずなんだ。人を好きになることってことを。誰にも言えなくて苦しんだあいつだからこそ。 「涼矢さんと話すの、楽しいです。僕の話なんて、くだらない話ばっかで、つまんないだろうし、迷惑かけてると思うけど。」  そうは言っても、涼矢が冗談や笑い話のような意味合いでの「おもしろい話」を披露するはずがなかった。明生が「楽しい」と言っているのは、そういう「楽しさ」ではない。たとえば飼い猫の他愛ない話でも耳を傾けてくれる人がいる、そのこと自体が「楽しい」のだろう。そして、涼矢にとっても、それは不愉快な時間ではないのだろう。八方美人の自覚もある和樹と違い、涼矢はそういう形で「優しさ」を見せるタイプではない。 「その心配はないよ。あいつ、ホントにつまんないと思えば結構簡単にスパーンと切り捨てるから。我慢して相手するようなことはしないから。」  人によっては、それを冷淡と解釈するかもしれない。和樹自身、つきあいはじめの頃はそう思ってしまうこともないわけではなかった。けれど、今は分かる。それは冷淡さとは正反対の、涼矢の誠実さだ。人は人、と切り分けるのは、その人を切り捨てるためではない。自力で立ち上がりたい人には手を貸さない。最後まで見届けられないことは請け負わない。独りよがりの安直な善意をばらまいたりしない。――どれも自分はやってしまいがちのことなのだけれど。  そんな和樹の気持ちなど関知していないであろうポン太が、口を出す。 「涼矢さん、ああ見えてドSっすよね。うちのバカ兄貴に対する態度とか、マジパネエ。和樹さん、ある日突然別れようなんて言われたらどうします?」  関知していないくせに、妙に的を射たことを言い出すから嫌だ、と和樹は思う。「おまえさ、馬鹿のくせにちょいちょい核心つくのやめてね。それに、こどもの前なんだからさ、もう少し話す内容ってものを考えて。」  そう言いながら、自分こそ友達の弟に向かって馬鹿だなんて、ひどい言い草だと思う。  なのに、当のポン太はこんな時だけは真面目な顔をして「うす、気をつけるっす。です。」などと言うから余計厄介だ。  和樹はポン太に何か言いたくて口を開くが、何をどう言えばいいのか分からず、結局何も言わなかった。反応が気になって明生を横目で見ると、明生は何やら口元をひくつかせている。笑いをこらえているようだ。ポン太とのやりとりが余程おかしかったらしい。  和樹は恨めしそうにポン太を見る。俺の「先生としての威厳」をどうしてくれるんだ、と思う。だが、すぐにそんなものは初めからないことを思い出す。だから早坂にだって注意されたのだ。  親しみのあるお兄ちゃんキャラも悪くないだろう、カズキっち呼ばわりされてもヘラヘラしていれば気軽に懐く子もいるだろう。そのほうが自分だって楽だ。しかし、それではきっといけないのだ。いくら相手がこどもでも。明生でも。 「話がそれたけど、だから、涼矢と連絡取りあうのは、良いよ。」和樹はそこで言葉をいったん切る。それから、意を決して言った。どうしても今、明生に言っておきたいことを。「ただ、あいつを傷つけるようなことがあったら、俺だって、いくらおまえがこどもでも、教え子でも、容赦しないから。」と言った。  先生としては失格かもしれないし、明生のためよりも自分のための言葉だとは思う。でも、どうしても明生に伝えたかった。俺が本気だってこと。俺たちが本気で好き合ってるってこと。  明生は顔を上げて、和樹をじっと見た。そして、「はい。」と力強く答えた。 「じゃ、この話はこれでおしまい。」和樹はニッと笑って見せた。  明生に笑いかけたのに、ポン太が「なんかかっくいーすね、和樹さん!」を声を上げる。 「……ポン太、おまえは黙ってるってことができないのか? もう、一人で帰れ。」 「ひどいっすー。一緒に帰りましょーよー。俺、一人で新幹線乗れないっすよー。」  ポン太の言葉に明生が驚いた。「帰る?」 「うん。こいつを送りがてら、帰省するんだ、これから、この足で。」

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