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第656話 ベリーミックスパンケーキ (11)

 明生は和樹とポン太の周囲を不思議そうに見回した。「そうですか。その割には荷物、ないですね。」そもそも日帰りの予定のポン太はともかく、和樹もボディバッグひとつの軽装だ。 「実家に帰るだけだからね。あとはお土産買っていくぐらい。」と和樹は言った。まずは、ポン太の祖母及び母親のためのお土産を探すつもりだ。「そうだ、このへんでお土産になりそうなもん、あるかな。」 「食べ物?」 「そうだね、地方にはあまりない感じのお菓子とか。」まんじゅうとポン太は言っていたけれど、果たしてあるだろうか。 「地方で買えるかどうか知らないけど、ドラ焼きが有名なお店なら知ってます。つきみ屋って和菓子屋さん。」  ドラ焼きは珍しくはないが、ポン太の言う「やらかくて甘いもん」にはちょうどいい。「お、いいね。どこ? こっから近い?」 「えーと、今P商店街でしょ、駅の反対側、北口に出たら、右斜めの方に進むとあります。ここから7、8分で行けると思います」  明生の的確な説明を聞きながら、和樹はスマホでも地図を確認した。目当ての店の名前を入れると、クチコミの評価も検索結果に現れた。かなり高評価の店のようで、和樹は自分の身内の土産もそれにしよう、と心の中で思った。「OK、わかった。そこ行ってみるわ。サンクス。」  スマホから顔を上げると、心細そうな表情の明生がいた。「そんな顔するな。」と和樹は言う。「明日の講習もがんばれよ。」と微笑みかけた。 「はい。」 「次に会うのは、俺のタームの時だな。」 「はい。」 「涼矢に伝えたいことある?」と言いながらスマホをポケットに押し込んだ。無意識に「ああ、わざわざ俺を通さなくてもいいのか。」というセリフが口に出た。  明生の顔色がサッと変わる。和樹はそんな反応を不思議に思い、自分の今言った言葉を思い返してみて、まるで、内緒で涼矢と通じていたことを責める言い方になっていたことに気付いた。決してそんな意図はなかったのだが。……いや、無意識にせよ、あったのだろうか。  うまい言い直し方も思いつかないうちに、明生が一気にまくしたてた。 「久しぶりに会えるんでしょ。お邪魔でしょうから、先生が東京に戻るまで連絡しませんよ。僕のことなんか忘れて、再会のチューでもなんでも、好きなだけイチャイチャすればいいですよ、もう!」  驚いたのは和樹のほうだった。まさか明生がそんな言葉で反撃してくるとは予想外で、真っ赤になって口をパクパクさせた。「あ、あきっ、何言って……。」  ポン太はポン太で「アハハハ、とんだエロガキっすね、こいつ!」などと笑う。それを見た和樹がまずはポン太に一言言ってやろうと身構えた瞬間に、明生は「ごちそうさまでした!」と言い捨てて、敬意のこもっていなさそうなお辞儀を形だけすると、さっさとカフェから出て行った。 「なんなんだよ、もう。」追いかけることは早々に諦めた和樹は、そうひとりごちた。 「チューだって。」ポン太はまだ笑っている。「あんな可愛い言い方してっけど、チューボーなんてエロ妄想全開っすもんね。俺も1日中、んなことばっか考えてたっすよ。」ポン太がそんなことを言うのを無視して、和樹は3人分の会計を済ませた。  それでいて、その実、性的なことが一番気になる年頃、というポン太の指摘にはハッとさせられていた。明生はまだこどもだという思いばかりが先行して、彼から寄せられる「好意」は恋愛感情と言うより強い憧れに過ぎないように思えていた。だが、言われてみればそうだ。自分だって、実体験を伴うようになる少し前、ああだこうだと頭の中で妄想ばかりしていた頃のほうが、実際を知らないがゆえに好奇心はピークだったと思う。そしてそれはまさに中学生の頃のことだ。  明生にはまだ幼くいてほしいというのは、単なるこちら側の願望で、明生だって思春期の健康な男であることには間違いなくて。つまり「そういうお年頃」で。そこまで考えると、和樹はまたモヤモヤしてくる。――じゃあ、涼矢も、家庭教師(カテキョ)だか部活の先輩だか知らないけど、その人たち相手にそういうこと、考えてたと言うのか。……出会う前のことまで想像してイライラしても仕方ないけれど。  和樹は自分のことを棚に上げ、そんなことを考えた。 「和樹さん、こっちのも可愛っすね。」教えてもらった和菓子屋の店頭でポン太が言う。「うさぎの。」  ポン太の指す方向には、雪うさぎに見立てた白くて丸いまんじゅうがあった。「ああ、そうだな。」 「ばあちゃん、ドラ焼きとこれ、どっちがいいかな。」ポン太がショーケースの中を見て悩む。 「でも、それ1個だけってのもな。それならこっちのドラ焼きの詰め合わせにしたら? 両親と、兄貴と、おばあちゃんとで、4個入りでちょうどいい。」和樹がそう勧めるのは、ドラ焼きのほうがうさぎまんじゅうより単価が安いこともある。だが、ポン太はどうせ価格など考慮せずに選んでいるに違いなかったから、そのことは言わずにいた。 「ドラ焼き、俺も食いたいっす。」 「……じゃあ、6個入りで。」  結局、和樹も家族あてにと同じものを買い、更にポン太が米菓の棚に気を取られている隙に、うさぎまんじゅうを2つ買った。これは、涼矢と自分で食べるつもりだ。

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