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第657話 泡沫 -うたかた- (1)
和樹とポン太は予定通りに地元駅へと戻ってきた。涼矢がターミナル駅まで車で迎えに来てくれていた。和樹は助手席へ、ポン太は後部座席へと座る。涼矢曰く、まずは柳瀬家にポン太を送り届け、次いで和樹の家まで送ると言う。
走り出してしばらくした時、「夕飯、食ったか?」と涼矢が言った。「柳瀬ん家で食わせてくれるって言ってるけど。」
「涼矢は?」
「食ったけど、おまえがそうしたいならつきあうよ。」時刻は夜8時を回っていたから、済ませていてもおかしくはなかった。
「……いや、うち帰るの遅くなるから、いいよ。」
「えー、食ってってくださいよ。」と後ろからポン太が言う。「涼矢さんもうち来るの久しぶりじゃないっすか。」
「また今度な。」と和樹は言う。
「絶対っすよ。」
「ああ。」和樹は涼矢に聞く。「柳瀬も家にいるの?」
「さあ、どうだろうな。聞いてない。」
「ポン太によると、例の彼女とは別れたらしいから、ヒマしてるんじゃないの。」
「へえ。」
「関心なさそう。」
「まあ、柳瀬だからな。」
「兄貴のことなんかどうでもいっすよ。ねえ、俺のことは気になんないっすか。学校どうだったかとか。」
「ああ、そうだな。どうだった?」涼矢はハンドルを切りながら適当に言う。
「良かったっす。」
「……それだけ?」
「思った通りでした。」
「何がどう思った通りだったんだよ。」
「学校の中に、スタジオみたいな部屋、いっぱいあって。」
「まぁ、そりゃそうだろうな。」
「人もいっぱいいたし。ああいうとこでライブができたらいいなって。」
「東京、行く気になった?」
「なったっす。絶対行くっす。」ポン太が身を乗り出す。「あ、もしかして淋しいなーって思っちゃいましたか?」
「思うかよ。」
「んじゃ、和樹さんが上京した時はどうだったんすか? 淋しくなかったっすか?」
「何聞いてんだよ。」という和樹のセリフと、「淋しかったよ。」という涼矢の声が重なった。
「淋しくて毎日泣いてた。」と、続けて涼矢が言った。
「まじっすか!」ポン太が言った。
「嘘に決まってんだろ。」和樹が言った。飄々としている涼矢とは対照的に、少し赤面している。
「それでね、和樹さんと、シェアハウス? 一緒に住むやつ。あれをね、したらいいんじゃないかって思うんすよ、俺。」
「は?」ポン太との会話では珍しく、涼矢が表情を変えた。
「馬鹿、おまえとルームシェアなんかしないっつっただろ。」和樹が顔を後ろに向けて言った。
「だって家賃安上がりだし、涼矢さんも楽でしょ、東京来る時、いっぺんに会えたら。」
「それはダメ。」と涼矢が言った。それはそうだろう、と和樹も思う。
「なんでっすか。」
「ポン太がいたんじゃ、和樹とヤレないだろ?」涼矢は今度は顔色を変えずに、飄々と言う。
「バッ、何言ってんだ、おまえ。」和樹が動転して涼矢を責める。
「こいつ、はっきり言わないと理解できない子だからさ。」
「あー、そういや、そうか。」涼矢の言葉通り、ポン太はすんなりと納得する。「たまにしか会えないんだから、そっすよね。」
「そうだよ。今もそう。たまにしか会えない貴重な時間なの。だから、和樹はおまえの家ではメシ食わないの。俺と早く2人きりになりたいから。」
「りょ、おま、何を。」和樹はまた慌てる。確かに、涼矢の言った通りの理由で柳瀬家での食事を断ったのではあるけれど。
「サーセンした。久々に涼矢さんと絡めたんで、つい、嬉しくて、うっかりしてたっす。あの、俺、こっからなら1人で帰れるから、も、いっすよ、早いとこ2人きりになって。」
「おまえん家まで、あと5分もかかんないから、そこは気にしなくていい。」
「うす、あざます。」
言葉通り、間もなく車は柳瀬家の前まで到着した。ポン太がさっさと車を降りる。
「一応、挨拶してくる。渡すものもあるし。」と和樹が言う。いったん自分だけ降りかけて、振り向いた。「涼矢も来てよ。おばさん、知ってるんだろ?」
「え……。ああ。」
結局3人で柳瀬家の玄関に立った。出迎えのポン太の母親が和樹に礼を言い、良かったら夕食を、と勧めてくれたが、和樹は断った。断りながら、ポン太が親の前で余計なことを言い出さないかと少し心配になったが、さすがに大丈夫だった。
和樹はお土産のドラ焼きの箱を差し出した。「これ、俺が今住んでるところの近くの店ので、美味しいらしいので、どうぞ。選んだのはポン太くんです。」
「あらぁ、ありがとう。お土産まで。ちょっと待っててね。」ポン太の母親は一度室内に引っ込んだかと思うと、すぐにまた出てきた。小さなポチ袋を手にしている。今慌てて用意したにしては素早い反応だったから、きっとあらかじめ用意してあったのだろう。「いろいろ出費させちゃったでしょ、これね、少しだけど、その足しにして。最低限のお金と新幹線の切符しかこの子には持たせてなかったから。この子に余計なお金持たせると全部使っちゃうからね、分かるでしょ?」彼女はそう言って快活に笑った。
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