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第659話 泡沫 -うたかた- (3)

 そんな涼矢に覆いかぶさるように、和樹がのしかかる。 「ああ、そう言えば、あの子。」背中に和樹の重みを感じながら、涼矢が言う。「明生くんから、ごめんなさいってメッセージ来てた。」 「え?」 「バレたんだな。」 「……うん。」 「黙ってたのは、後ろめたいからじゃないよ。」 「うん、知ってる。」 「俺の思い過ごしで、このまま連絡がなければ、それでいいと思ってたから。」 「分かってるって。」 「あの子のこと、あんまり責めないでやって。」 「責めてない。……や、ちょっと言い過ぎたかも、だけど。ちゃんとフォローするよ。」 「うん。」 「それで……なんか言ってた、あいつ?」 「いや、特には。メッセージ交換してたことバラしてごめんなさい、ってことと、ポン太がおもしろいって。そのぐらい。」 「ポン太と言えば、今日はあいつに助けられちゃったよ、俺。」和樹は笑う。 「へ?」 「明生と話してた時、そこまで強い口調で言ったつもりじゃなかったんだけど、やっぱりちょっとキツくなってたみたいで。ポン太がそれを止めてくれた。」 「へえ。」涼矢も笑った。 「けど、何をどうやったら俺とルームシェアするなんて発想が出てくるんだろうな。」和樹は涼矢の背中で反転するようにして、今度は涼矢の隣に仰向けで寝そべった。「おまえが来たら、一緒に鍋しよう、だってさ。」  涼矢は吹き出して、それから和樹にキスをした。「で、いつまで他の男の話する気? 時間ないんだからさ。」 「どいつもこいつも自分勝手だな。」和樹は涼矢の首に腕をからませた。  その時、インターフォンが鳴った。無視しようとしたが、連打しているらしく、呼び出し音が何度も鳴り響く。さすがに涼矢は起き上がり、部屋を出た。なんとなく和樹もその後に続いた。階下に降りるのかと思うと、隣の書斎に入っていく。書斎にはモニター付きの子機があった。 「げ。」涼矢は、"らしくない"声を上げた。和樹が涼矢の背中越しに覗き込むと、モニターには柳瀬兄弟がいた。「なんだよ。」と涼矢がインターフォンに応答する。 「都倉もいる?」と画面の柳瀬が言う。 「……なんで。」 「ババアがさ、おまえらも食うかと思っていっぱいメシ作っちゃってたから、持って行けって。唐揚げとか、ポテサラとか。どうせおばさんいないんだろ?」 「……ちょっと待ってろ。」涼矢は不機嫌そうに深い溜め息を吐いた。 「服、着るかな。」和樹はそそくさと部屋に戻り、自分の服を着た。 「ったく。」忌々しげにそう呟いて、涼矢も部屋着を着る。  和樹が先に階段に立つと、涼矢は「ちょっと待って。」と言って、和樹を振り向かせ、キスをした。「おまえがシャワーなんかしなきゃよかったんだ。」 「シャワーなんかいいから、さっさと股開けってか。」 「そんなこと思ってないけど。」 「明日までお預けだな?」和樹も涼矢を抱き締めて、耳を甘噛みして、唇を指先でなぞり、その唇を自分の唇ではさみこむように口づけた。「好き。」 「今、言うな。」涼矢は和樹の頬をごく軽く撫で、和樹の横をすり抜けて階段を先に降りはじめた。かと思うと、途中で立ち止まり、背後の和樹を振り返った。「なあ。」 「ん?」 「家に連絡しろよ。」 「え。」 「うちに泊まるって。」涼矢は一方的にそう言い、階段を駆け降りた。慣れない階段のこと、和樹はそのスピードでは降りられない。追いついた時には、もう、柳瀬兄弟が靴を脱いで室内に入り込もうとしていた。 「よう、都倉。元気?」と柳瀬が言う。 「おまえ、サークル合宿じゃないの。」 「さっき帰ってきた。で、もしかしたら都倉もいるのかなって。」 「俺は止めたっすよ。」とポン太が言った。編み上げの安全靴を履いていて、脱ぐのに手間取っている。「2人っきりにしてやれって。」 「だって、都倉、まだしばらくいるだろ?」言いながら柳瀬はずんずんとリビングに入っていく。 「いるけど。」和樹が言った。 「今日ぐらいいいだろ。イチャつくのは明日からで。」  まだもたついているポン太を放置して、3人はリビングに入る。柳瀬は手にした紙袋から次々にタッパー容器を出し、ダイニングテーブルに置いていく。涼矢がその中身を皿に移し替える。和樹はなんだか手持無沙汰で、空になった容器を洗い始めた。 「ああ、いいよ、洗わんくても。」と柳瀬が言う。 「持ち帰るだろ?」 「うん、でも、うちで洗うし。」 「ついでだから。」 「涼矢の影響か?」柳瀬が笑った。 「そうかも。」と和樹も笑った。「うち来たら、メシ関係は涼矢に任せきりだから。さすがに皿洗いぐらいしないと。」 「優しいダンナで良かったなぁ、涼矢?」と柳瀬が冷やかす。 「優しいけど、別に皿洗いしてくれるからそう思うわけじゃない。」 「そういうノロケを、よくもまあ真面目な顔で言えるもんだな。」  ポン太がやっとやってきた。「やった、唐揚げ。」  それを聞いた和樹が言う。「あれ、ポン太は家で食べてきたんじゃないの。」 「いや、あの後、ソウが急に帰ってきたから、母ちゃんが予定が狂ったって、すげえ怒って、それどころじゃなくて。」 「そうなんだよ。」柳瀬は勝手に皿や箸を準備し始めた。いかにもこの家に慣れていることを見せつけられるようで不快だが、仕方がない、と自分に言い聞かせる和樹だった。

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