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第663話 泡沫 -うたかた- (7)

 和樹は涼矢からスマホを取り上げようと手を伸ばすが、涼矢もそうはさせない。 [(笑)]  爆笑の顔文字付きのそれを見て、和樹は「ったく、明生の奴。宿題たんまり出してやる。」と息巻いた。 [明生くんにだけ 宿題たくさん出すから楽しみに だって] [えー ひどい 都倉先生はお休み楽しんでるのに] [だよね]  そんなことをやりとりしていると、明生が「ポン太のお兄さんが見てみたい」などと言ってきた。 「……だってさ。」涼矢は柳瀬兄弟が画面を見たのを確認すると、カメラに切り替えてスマホを構え、柳瀬とポン太に言った。「ほら、ツーショット。もっと寄って。」 「ポン太とかよ。」 「仲良く見えないから、もっと寄って。」 「仲良くねえんだよ。」  ポン太は意外と躊躇いなく柳瀬に寄り添う。「俺のバイクで2ケツしてきたくせに。」 「なんだよ、仲良しじゃない?」和樹が笑い、涼矢はポン太が喋っているのも構わず写真を撮り、明生に送る。 [右の人がポン太兄のヤナセくんです] [ポン太さんと似てますね] [そう? ポン太のほうがかわいいと思う 俺は] 「おまえ、何言ってんの。」と和樹がツッコミを入れた。 [涼矢さん それ変です]  明生の返事に、和樹は「ほれ見ろ。」と言う。 [兄貴のほうがかわいい?] [どっちもです どっちもかわいくないです] [伝えておく] [やめてください みんなと一緒なんでしょ 僕とこんなのやってないで] [みんなで画面見てるよ] [じゃあ伝えるも何もないじゃないですか] [そうだね(笑)] [僕は数学の宿題やらなきゃいけなくて忙しいんです リア充の相手してられないんです] [ポン太兄弟はリア充じゃない 特にポン太兄は高校時代からつきあってた彼女にフラれたばかりの傷心] 「涼矢、てめ、何バラしてんだよ。俺、傷ついた!」柳瀬が涼矢の肩をガシガシと叩いた。  和樹も「かわいそうすぎる。」と半分笑いながら言い、ポン太までもが「涼矢さん、やっぱソウへの切れ味さすがっす。」と言った。 [涼矢さん ひどい] [今 全員から同じこと言われた] [ポン太さん言ってた 涼矢さんドエスって 嘘ーって思ったけどほんとなんですね] 「おまえ、そんなこと言ったの?」と柳瀬がポン太に言った。  ポン太は一瞬考え込む。「ああ、今相手してるのって、あのチューボーっすか。」 「今更何言ってんだよ。」と和樹が呆れた。 「だって明るいナマなんて書いてあるから。」 「これでアキオって読むの。」 「ドラ焼き美味かったっす。」突然の言葉に、涼矢は訝しげな顔だ。 「明生の教えてくれた店で、ポン太んちのお土産買ったんだよ。ドラ焼きが有名って。」和樹が補足した。 「そっす。ばあちゃんも喜んでたっす。」 「こいつ、自分で買ってきた土産、1人だけ2個も食ってやんの。」柳瀬が言った。 「だって6個あったから、1個余る。」 「そういう時はばあちゃんに2個あげればいいんだよ。お土産なんだから。」そんなセリフから、ポン太だけではなく柳瀬も祖母を大事に思っているらしいことがうかがえた。 「美味かったから、つい。」とポン太が繰り返した。  こちらではそんなことをしゃべりつつ、涼矢と明生は他愛ないメッセージをやりとりしつづけていた。涼矢は明生にポン太たちの本名を聞かれて答えられず、また全員にツッコミを入れられる。 [そう言えばさっきの写真、ピアノ写ってましたね。これ、先生の家ですか?] [俺の家です] [先生、自分ちに帰ってないんですか] [みたいだね。実家には明日帰るって言ってる]  まるで和樹がそう言いだしたかのような書きっぷりに、和樹はモヤモヤするが、柳瀬の手前、そうも言えない。 [今日は?] [遅いから、うち泊まるって なんかうちをセカンドハウスのように思ってるんだよ この人たち] [お泊まり会みたいで楽しそう] [ポン太たちは帰るよ すぐ近所だから] [ふーん] 「ふーん、だって。」と柳瀬が笑う。「なんか、意味深だよな。」 [なに、その ふーん て]  と涼矢が聞いた。 [涼矢さんのお父さんお母さんはいないんですか] [父 単身赴任中 母 残業中深夜帰宅予定] [ふーん] 「都倉だけ泊まるって気が付いてるよな、これ、絶対。」柳瀬が重ねて言う。 [中学生が変なこと考えるんじゃありません]  柳瀬の言葉に煽られて、つい、そんな言葉を返した。 [何も言ってません]  明生のほうが一枚うわてだ。そんなことを思い、これ以上変なことを言ってしまう前にと会話を打ち切ることにした。 [宿題中 邪魔しました もう今日はこの辺で あとドラ焼きありがとう おいしかった]  唐突過ぎるだろうかと思い、さっきのポン太のドラ焼きの話で誤魔化した。自分が食べたわけでもないが。 [僕このドラ焼き大好きなんです でも先生にはお店の場所教えただけですけどね でわでわ]  明生はすんなり納得してくれた様子で、ようやくやりとりを終えた。  柳瀬が「大学の友達には言えてないのに、バイト先の中学生には言ったんだ? 涼矢のこと。」と和樹に言った。 「まあね。言うつもりはなかったんだけど、いろいろあって……いや、そんなにいろいろあったわけでもないか。」

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