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第664話 泡沫 -うたかた- (8)
「都倉にしちゃはっきりしないなあ。どっちだよ。」
「明生は、人のことよく見てるし、勘も鋭いんだよ。涼矢が東京来た時にさ、たまたま塾じゃないところで一緒にいる時に出くわして、バレちゃった。ピアスがお揃いですね、なんつって。涼矢のピアスなんか髪の毛でろくに見えてないはずなのに、そういう細かいとこまで、よく見てる子なんだ。」
「へえ。……でも、結構普通なんだな。」柳瀬はさっきのスマホでの会話を思い出しているようだ。「自分が中学生の時、もし担任とか塾の先生がゲイだったら、俺、もっとオロオロしてたと思うけどなあ。こんな、普通に冷やかしたりできねんじゃないかな。」
一瞬シンと静まり返る。柳瀬にとっては意外な反応だったようで、今こそオロオロしている。「や、変な意味じゃなくて。そういう人がいるってことは知識としてはあっても、身近な人がそうだとなるとびっくりするじゃんか。」
「なんでびっくりすんだよ。ソウに彼女ができたほうがびっくりだわ。」ポン太が言った。
「おまえねぇ、傷心の俺になんてことを。」
「兄弟喧嘩は帰ってからにしてくれ。」涼矢が言い放つ。
「うす。ごちそうさんした。」とポン太は言い、玄関へと向かった。
「それはこっちのセリフ。おばさんに美味しかったって言っておいて。」今度は優しく言いながら、柳瀬の背を押して玄関に向かわせた。
和樹と2人で柳瀬兄弟を玄関まで見送る。しばらくしてバイクの音がしたのを確認して、再びリビングに戻った。
「さて、と。」涼矢は腰をポンを叩いた。
「もう、こんな時間か。」和樹は時計を見た。もうすぐ0時になろうとしている。
「俺も食べたかったな。ドラ焼き。」涼矢が言った。
「ああ、そうそう。」和樹はバッグから小さな紙袋を出した。「ドラ焼きじゃないんだけどさ。」中から出てきたのは、例の和菓子店のうさぎまんじゅうだ。
「お、可愛い。」
「同じ店の。ドラ焼きもいいけど、これのほうが特別っぽいかなぁって。」
「じゃ、お茶淹れようか。」
「うん。」
「眠れなくなったりしない? カフェイン弱いなら麦茶もある。冷たいのだけど。」
「平気。やっぱり熱い日本茶でしょ、まんじゅうと来たら。」
「了解。」そう答えた時には、もう既に湯呑やら急須やらを用意して、湯を沸かし始めていた。「まあ、どっちにしろすぐに寝かせる気もないけどね。」
「もう、おまえ、今日はそんなことばっかり言ってるな。」
「うん。」涼矢は平然と答え、引き続き湯が沸くのを待っている。2杯分の湯はすぐに沸いて、涼矢は淹れたお茶を小さな盆に載せて運び、ダイニングテーブルに置いた。「はい、どうぞ。」
「ん、ありがとう。こっちもどうぞ。」和樹はうさぎまんじゅうをひとつ、涼矢に差し出した。
「可愛いから、食べるの、かわいそうだな。」涼矢は、まんじゅうのうさぎと顔をつきあわせるように至近距離で見た。
「食べるけどね。」和樹はあっさり口に入れる。それを見て、涼矢も食べ始めた。一口でも食べられなくはないサイズだが、大事に三口ほどに分けて食べた。
「美味しい。あんこが上品だね。」涼矢が感想を述べる。
「うん。やっぱ、ドラ焼きも食べてみたかったな。今度はそっち買ってくるよ。……あ、おまえが来るほうが先かもだけど。」
「そうだね。」
小さなまんじゅうはあっと言う間になくなってしまう。2人はお茶を飲んで口をさっぱりさせると、どちらからともなく立ち上がった。
「先、部屋、行ってて。」和樹は空いた湯呑を洗おうとシンクの前に立つ。
「それ、俺やるから。」すぐ背後に涼矢も立った。後ろから和樹の腰に手を回し、耳元で囁いた。「和樹は、シャワーでも使ってきて?」
和樹はコクンと頷いて、バスルームに直行した。
和樹が涼矢の部屋に入ってきた時には、もう深夜の1時近くになっていた。それでもまだ佐江子は帰宅してこない。
「佐江子さん、遅いね。」と和樹が言った。
「この時間まで何も言ってこないってことは、たぶん、泊まりかな。」と涼矢が呟いた。「でも、大丈夫だよ。おまえの部屋よりよっぽど防音できてるから。」
「いや、その心配じゃなくて。」
「何の心配?」
「女の人だし。こんな、夜中に1人って。」
涼矢は目を丸くした。「うちのおふくろだよ?」
「でも、一応は。」
「大丈夫だって。車だし、慣れてるし。」
「そっか。」
「だいたい、この状況でおふくろの話するなよ。」
「はは。」和樹は、ベッドに座る涼矢の両足の間に、自分の膝を割り込ませる。「それもそうだな。」それから両腕を涼矢の首に回して、自分に引き寄せ、キスをした。その勢いが激しくて、涼矢が背後に倒れ込む。すると和樹は、そのまま馬乗りになるように、涼矢に覆いかぶさった。「好きだよ。」そう言って、またキスをする。キスをしながら、手を涼矢の股間に伸ばした。涼矢が部屋着にしているルーズなハーフパンツは、容易にパンツの中にまで手を入れることができる。
「ちょ、待って。」涼矢がその手を制止する。
「やだ。待たない。おまえが連れ込んだんだろ?」
「じゃ、俺がするから。」
「え?」
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