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第668話 泡沫 -うたかた- (12)
「そういうとこ、本当に性格悪い。」和樹は言う。
「嫌いになる?」
「なんねえけど。」
「良かった。」涼矢が和樹の髪に顔を埋めるようにする。
「なあ。」
「ん?」
「ケツになんか当たるんすけど。」
「健康な男子の証拠。」
「単なる生理現象ってやつ。」
「うん。」
「それなら押しつける必要ないだろ。」
「せっかくの機会なので。」
「変な夢でも見たか。」
「見てないよ、夢より今の現実のほうがそそられるし。」
「……腰動かすなっつの。」
「ん。」涼矢は後ろから和樹の耳を舐める。
「おい。」
涼矢の手が和樹の股間に伸びる。「あれ、和樹は朝勃ち、しないの。」
「さっきトイレ行っちゃったから。」
「ああ、そっか。」言いながらも、股間の手が動きはじめる。
「だっ……から、やめろって。」和樹は涼矢の腕から脱け出そうとした。
「和樹は何もしなくていいから。」
「んなわけに……。」涼矢の右手は和樹のハーフパンツに入り込み、更には下着の中にまで入ってきて、直接触る。思わず「ひぁっ。」と高めの声が出て、身がしなる。
「そう言えばさ、先生とキスとかするのかって聞かれたよ? あの子に。明生くんに。」ペニスを弄びながら、涼矢が言う。「何吹きこんでんの。」
「え。……そんな話、したことねえよ。するわけないだろ。」それは少し嘘だ。和樹から意図的に吹きこんだ覚えはないが、「再会のチューでもすればいい」とは言われた。あれを「そんな話」のくくりに入れていいなら、その手の話をしたことはある。それまでそういうことには無縁に思えていた明生が突然何を言い出すのかと思ったが、涼矢にもそんなことを言っていたのか、と和樹は思う。――まぁ、我が身を振り返っても、気になる年頃だろうとは思うけど。
「本当のこと言ってあげれば良かったかな?」
「あ?」
「キスどころじゃないよって。」
「ふざけんな。……あっ。」涼矢の手の中で、和樹のペニスが硬くなり、時折強く反応するようになる。
「そういうことしてる時の先生はとても可愛いんだよって。」
「冗談じゃねえ。」
涼矢の体が離れたかと思うと、枕元の、昨夜さんざん使ったローションのボトルに手を伸ばしていた。それを、背中を向けたままの和樹のお尻に垂らす。「したばかりだから、まだ柔らかいね。」そんなことを言いながら涼矢が指を挿れてくる。
「んっ。」和樹は無意識に枕を抱え、挿入されやすいように背中を丸める姿勢を取った。涼矢が和樹のTシャツをめくりあげ、その背中を舐めた。
「ねえ、すぐ入りそうなんだけど。……いい?」
「……だめっつっても、する……だろ?」息を荒くしながら和樹が言う。
「うん。だめって言われてもする。けど、嫌だって言えばやめる。」
和樹は顔を一瞬振り向かせ、頬を赤くしながらも泣きそうな顔で涼矢を見た。それから、またすぐ前を向いて、抱えていた枕に顔を押しつけて、くぐもった声で言った。「……だめ。」
涼矢は挿入を始める。横向きの難しい体勢でうまく入っていかないが、和樹のほうが調整しているうちに、奥まで到達した。相変わらず枕にしがみついてはいる。
「大丈夫? きつくない?」涼矢が和樹を気遣う。
「ん。」その時だけ和樹は枕から顔を外した。「気持ちい。」
「俺も。」
窓もカーテンも開けていないが、隙間から漏れてくる陽光からは爽やかな朝が察せられた。しかし、昨夜は2人共あのまま寝てしまって、エアコンも入れていない部屋はむんわりとしていた。そこに、昨夜の汗も乾く間もなくまた汗ばんでいる身体が横たわり、蠢いている。晴れた朝とも、スポーツの爽快感とも程遠い、淫靡な朝だった。
「あ、涼、い……いいっ……。」
――こんなこと、あの子に教えたらどんな顔をするのだろうか。
涼矢の脳裏に、明生の顔がよぎった。こんな時に、と涼矢は心の中で舌打ちをする。もちろん、本当にそんなことをするはずがない。あの子を守ってやりたいのだ。かつての自分に重なる少年を。だが、和樹に受け入れてもらえるようになるまでの自分が憐れでもある。あの子と昔の俺と、何が違った? その理不尽さに打ちのめされそうになる。だから助けてやりたい。だから見捨ててしまいたい。相反する思いには見て見ぬ振りをする。
今は目の前の和樹を。全身を火照らせて、自分を欲してくれている人のことだけ考えていればいい。
でも、それにしたって同じだった。
和樹の身体を労わってやりたい、気持ちよくさせたいと思っているのも本心なら、同時に利己的に嬲りたい衝動に駆られるのも本心だ。
「和樹。」涼矢は和樹の肩に口づける。「和樹の中、気持ちいい。熱くて。溶けそう。」わざとそんな言葉で煽る。和樹だけではなく、自分もそこに集中できるように。
「や……だめ。」
それが「嫌だ」と言いかけて「だめ」と言い直していると気付けば、より一層愛しくなる。「今、きゅんってなった。」
「言うな……って。」
「ごめん、このまま、出してもいい?」
「……だめ。」
涼矢は和樹の中にほとばしらせた。
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