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第671話 泡沫 -うたかた- (15)
食事を終えると、東京にいる時のように、和樹が率先して食器を洗った。大した量ではないからすぐに終わる。涼矢は一足先にテレビの前のローソファにいて、そこに和樹も並んで座る。
「何か見るの?」
画面は番組表だ。「いや、何かおもしろそうなのあるかなって思ったけど、特になかった。」涼矢はテレビを消す。
「ポン太、自分ちみたいにくつろいでたな。」昨夜は柳瀬に追い払われたポン太が、このソファを独占して寝そべっていた。
涼矢は和樹を見て、ニヤニヤする。「嫉妬?」
「うっせ。」和樹は涼矢に軽く体当たりする。そのまま少しだけ体重をかけて涼矢にもたれた。
「珍しい。」涼矢が和樹の肩に手を回す。
「何が。」
「こういうの。こういう甘え方。」
「だって俺の部屋、こういうソファねえし、おまえんち来たらおまえの部屋にいることのほうが多いし。」
「あ、でも1回だけ、つきあいたての頃、ここで膝枕したな?」
「そうだっけ。」和樹はずるずると体を移動させ、あぐらをかく涼矢の太ももに頭を乗せた。「あ、この景色には見覚えが。」
「そのまま寝たんだよ。俺はレンタルのブルーレイ見てた。」
「ああ、あの時か。……俺、あの時、初めてここに泊まったんだっけ。」
涼矢は猫でもあやすかのように、和樹の顎のあたりを指先で触れる。「うん。」
「ちょっと懐かしいな。」されるがままの和樹が、上目遣いで涼矢を見る。
涼矢は背中を丸めて、和樹に顔を近づける。和樹が自然と目をつぶって、キスをした。
「初めて泊まって、そんで、次の日には、おふくろにバレた。」
「それは言うなよ。」和樹は笑って涼矢を小突く真似をする。「俺は、あの時、何回ヤッたっけなって思い出そうとしてたのに。」
「あー……。ヤリまくったねぇ。」
「涼矢くん、セックス覚えたてだからってすごいんですもの。」
「和樹さんが見たこともないようなエロい顔するんですもの。」
和樹は膝枕されたまま体を反転させ、涼矢に抱きつく。「そういう顔させたのはおまえだからな。責任取れよ。」
「俺にできることならなんでもする。」涼矢は和樹の頭を抱きかかえるようにした。
何度も聞いた言葉だ。なんでもする。なんでもしていい。「じゃあ、俺のこと、ずっと好きでいて。」
「うん。」
「約束な。」
「うん。約束する。」
和樹は上体を起こして、涼矢と目の高さを合わせた。「俺は約束しないよ? それでも?」
「うん。俺は和樹のこと、ずっと好きでいる。おまえがどうでも。」
躊躇いのない返事に、和樹は吹き出した。「かなわねえなぁ、ったく。」
「笑うとこ? これ。」
「盛大な愛の告白だな。」
「そう、それなのにさ。」
和樹はコホンと咳をひとつして、真面目な顔をした。「俺も約束する。おまえのこと、ちゃんと好きでいる。ずっと。」
涼矢は返事の代わりのように、和樹の顔を引き寄せて、口づけた。和樹が両腕を伸ばして、涼矢の首に絡みつく。その勢いで涼矢はソファに押し倒された。
和樹は涼矢に馬乗りになり、不敵な笑みを浮かべた。「あれから1年以上経ってるんだぜ? あの頃の俺らに負けるわけには行かないよな?」
「回数の話?」
「回数も、内容も、だ。」
「そう言われたら期待しちゃうね。」
「じゃあ、まずはおまえをね。トロトロにしてやんないとね。」
「そっちか。」
「嫌?」
涼矢が下から手を伸ばして、和樹を抱き寄せる。「嫌なわけあるか。おまえにされることなら、なんでもいい。」
――また出た、涼矢の『なんでもいい。』
和樹は笑いそうになってしまう。だが、涼矢のその言葉は決して投げやりな、責任放棄の「なんでもいい」ではない。文字通りの、心からの肯定と受容だ。「なんでもする」の絶対的服従の言葉とセットで、全力の愛情だということは、もう、理解している。
和樹は涼矢の耳元で囁く。「抱いて、って言って。」
涼矢はほんの一瞬たじろいたが、少し緊張気味にその言葉を口にした。「抱いて。」
涼矢にまたがる和樹は、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。「いいよ。」
――抱かれるのも、嫌じゃない。
和樹の愛撫を受けながら、涼矢はぼんやりとそう思った。
――現に初めての時はそうだったし、そして、幸せだった。そこからの数回もそうで、やっぱり嬉しかった。けれど怖くなった。異性とのセックスを経験している和樹にとって、それは単なる「今までとは違う、刺激的なセックス」という以上の意味を持たないんじゃないかと。
「あっ、ああっ……。」という甘い声が漏れたのは、乳首を吸われ、ペニスをしごかれ、と、2ヶ所同時に攻められた時だ。知らず腰が浮く。そうすると今度は和樹の指は後孔のほうへと回り、そこをほぐしていく。
――物珍しく思う時期が過ぎたら、離れていくのだと思った。飽きられて、捨てられる。その瞬間を怯えながら待つのが辛くて、ある時、半ば強引に和樹を抱こうとした。嫌がって逃げ出してくれたらいい、と思った。いつか来る終わりなら、惨めに捨てられるんじゃなくて、自分の強引さによって終わらせたかった。
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