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第672話 泡沫 -うたかた- (16)
「座ってしよっか。」和樹が涼矢を起こす。「自分で挿れてみてよ。」
そう言われて、対面座位になる。キスがしたい時にはその体位を。そんな会話を思い出す余裕はなかった。今の涼矢は片手で和樹にしがみつくようにしながら、もう一方の手では和樹のペニスを探り、自分のそこに押し当てる。
――でも、わざと突き放すようなことをしても、恋愛経験も豊富な和樹はその意図を簡単に見抜いてしまった。それどころか自分から抱いてくれと言ってきた。涼矢のことを真剣に考えていると伝えるために。
「んんっ。」涼矢の眉間に皺が寄る。
「痛い? まだキツい?」と和樹が聞く。涼矢は無言でただ首を横に振る。
――自分より経験値の高い和樹を満足させられる自信などあるわけがなかった。ましてやその和樹にしたって初めてであろう、挿入される側の立場。せめて痛くないように、傷つけないようにと思ったけれど、こっちだって何もかも初めてだ。余裕なんてなかった。今の和樹のような気遣いがどれほどできただろうか。正直焦る一方で、あの日のあのできごとはよく覚えていない。
「はい……った。」涼矢は肩で息をしながら、和樹のそれをすべて押し込んだ。萎えていないことが嬉しい。
「まだだよ。」和樹が下から突き上げる。
「ん、あっ。」涼矢が短く呻く。
「もっと奥まで行けるから。体、預けて。」
「重いよ。」
「大丈夫。」
「かずっ……あ、あっ……んっ。」和樹がどんどんと突き上げてくる。涼矢も和樹の動きに合わせて、上下に動き始めた。
「こっちがいいのかな。」和樹が涼矢の反応を見て、浅いところをこする。
「だめ、そこ、あっ……。」
「だめって言ってもやめてあげない。」和樹はそう言って薄く笑うが、涼矢は目をつぶっていたので見えてはいない。ただ声は聞こえていたから、今朝のベッドでの意趣返しをされていることは分かる。「嫌?」
「や……じゃない。」
「俺のこと好きって言って。」
「好き。」
「もっと。」
「好き。好きだよ。」
「名前も。」
「和樹、大好き。……んっ。」
「気持ちい?」
「ん。」
「言って。」
「気持ちいい。」
「俺も。」
「和樹。好き。」
「目、開けて。ちゃんと見て。」
涼矢は目を開ける。連動するように口も半開きになる。和樹からの突き上げに、せわしく息を吐く。その刺激に耐えようと、ともすればまた目を閉じそうになる。「あ……かずっ……んっ。」
「キスし」最後の「て」の音が聞こえるより先に、涼矢が和樹の口を塞ぐようにキスをする。塞ぎたかったのは自分の口のほうかもしれない。何度も、むしゃぶりつくようなキスをした。
「前も触って。」これは涼矢のほうからねだった。和樹はとっくに固くなっている涼矢のそれを握り、裏筋を撫で上げる。「ん……くっ。」
「涼矢。」和樹からキスをする。「イキそう? イケる?」
「ん。」
「好きだよ。」
「ん……。あっ……。」
「好きだ、涼矢。」
「あっ……い……いきそ……。」
「いいよ、好きに動いて。イッて。」
「あ、イク、から、あ……んんっ。」
和樹の手の中で涼矢が射精する。そのまましばらく二人はじっとして、ただ、肩で息をしていた。やがて和樹は手をティッシュで拭う。ティッシュはすぐ近くにあったから、手を伸ばせば届いた。だからまだ、和樹のそれは涼矢の中にいる。
「うつぶせて。」短い指示に従い、涼矢は四つん這いになり、尻だけを上げる。和樹はまだ勃起したままのペニスを改めて挿入する。
「あんっ。」と涼矢が口走った。
そこからは2人とも無言だった。名前も呼ばないし、好きとも言わない。ただ呻くような喘ぐような息を吐くばかりだ。そうして、和樹もフィニッシュした。
「……いつの間にゴム、用意してたの。」涼矢はそのまま、ソファにうつぶせていた。和樹は背もたれに寄りかかって座っていた。
「男子のたしなみだよ。ズボンのポケットにはゴム。いつどこで役に立つか分かんないからね。」和樹は笑った。ゴムだけじゃない。和樹は、シャワーから出てきた時に首にかけていたタオルを、いつの間にかソファに敷いていた。白いソファが汚れないようにだろう。
甲羅干しでもしているかのように、背中を見せてうつぶせている涼矢。和樹はそれにまたがった。涼矢が「ぐえ。」とわざとらしい声を出す。和樹はそれをスルーして、両手を背中に滑らせた。
「お客さん、どこ凝ってますかぁ。」どうやらマッサージの真似事らしい。
「肩甲骨のあたり。と、腰回り。」
「はーい。」和樹は本当にそれらの箇所を揉みほぐし始めた。「だいぶ凝ってますねえ、カチカチですよぉ。」
「イテッ。」と涼矢が声を上げた。「マジで痛い、今んとこ。」
「腰ですねえ。体幹を鍛えたほうがいいですよぅ。」そう言いながら、腰回りを指圧する。
「和樹、上手だね。マッサージ。」
「性感マッサージもできますよぅ。」
「お願いします。」
「オプション料金30,000円になりまぁす。」
「高っけぇ。」涼矢が笑った。
「指名料は10,000円でーす。」
「ひでえボッタクリだ。」
「俺の愛情、プライスレス。」
その言葉には思わず、ふふっと笑ってしまう。
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