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第680話 重ねる時間 (7)
和樹が足先を舐められただけで感じるようになったのは、最初からじゃなかった。執拗なほどの愛撫や、ペニスへの直接的な刺激と一緒にして、徐々に足の指でも快感を得られるのだと覚えさせた。
――触れるだけで喜ばせてやれる体はないけど。
――触れるだけで喜ぶ体にはしてやれる。
その証拠のように、涼矢が足の指の間を舌先でつつくと、和樹は身を反らせるほどに感じている様子を見せた。
「涼矢ぁ。」和樹が甘い声で呼び、両手を差し出した。涼矢が体勢を変えて、元のように和樹の顔に自分の顔を近づけると、和樹の腕が背中に回された。ぴったりと密着するように強く抱きしめ、何度もキスしてくる和樹は、そのうちに涼矢の手をつかみ、自分の股間に押し当てた。いつまで経っても涼矢が直接そこに触れないので、焦れったくなったようだ。
だが、涼矢はその手すら外す。「まだ。」
「なんで。ペロペロしてばっかり、犬じゃねんだから。」和樹が身も蓋もなくそんな言い方をするのは、照れ隠しの時だ。
「わん。」と涼矢は言って、和樹の鼻先を舐めた。
「ふざけてないで、早く突っ込めって。」直截な言い方の割に、切なそうな顔をする。
「だめ。だってまだ昼前だよ? 時間あるんだから。」
「何回でもすりゃいいじゃん。」和樹は足で涼矢を挟み込む。
「たまにはいいだろ。ゆっくりでも。」
「枯れてんな。」和樹は急に体勢を変えて、涼矢を下に組み伏せた。「たまにっておまえ、たまにしか会えないのに。」
「ん? 今日もそっちがいいの?」和樹に馬乗りにされて押さえつけられても、涼矢は動じない。
「違うよ、馬鹿。もういい、勝手にやるから。」
「勝手にやるって。」涼矢が苦笑する。
「つか、涼矢が勝手だ。勝手すぎる。」
「なんで急にキレてんの。挿れないから?」
「そうだけど、それだけじゃねえよ、大体、俺が帰るって言った時は泊まれって引き止めて、泊まるって言ったら帰れって言って、俺が、ちゃんと理由つけて泊まれるようにしたのに全然嬉しそうじゃなくて、なんかもう、俺が……俺ばっかり。」和樹は涼矢の上でまくしたてた。
だが、これだけ言っても言えないこともあった。たとえば今朝は涼矢に会えるのが楽しみで、やけに早く目が覚めたこと。さすがに「部活の仲間に会う」という理由で家を出るには早朝過ぎて、10時近くになるまで何度も時計を見たこと。その間の時間を利用して、いそいそとシャワーをして念入りな「準備」をしてきたこと。
そして、そんなことで感情的になる自分が情けなくて、恥ずかしくて、泣きたくなってくる。さすがに涙をこぼすところまでは行かなかったが、鼻をすすった。
「……ごめん。」涼矢が慰めるように和樹の腕をさする。
「何のごめんなのか分かってんのかよ。」
「勝手なこと言って振り回した。」
「ほんとに、勝手だよ。」
「ごめんって。」涼矢が手を伸ばす。和樹がその腕の中に飛び込むように顔を埋めてくる。その頭を撫でながら、涼矢は言う。「和樹が、可愛くて。」
「また、馬鹿にして。」
「違う、優しくしたくて。」
「ずりぃよ、そういう言い方。」
「ごめん。」
好きで、愛しくて、離したくなくて、強引に引き止めた。でも、好きで、大切だから、家族の元にも帰したかった。好きだから丁寧に優しくしたくて、好きだから力ずくで独占したい。和樹への気持ちは、いつも相反する感情で出来ている。出発点はどれも「好き」なのだけれど。
「あーもう、萎えた。」と和樹が言う。
「ん、じゃあ、はい。」涼矢がぽっかりと口を開ける。
「おまえな、もう少し雰囲気ってものを……。」と言いかけて、無防備な涼矢の顔に釘付けになる。いつもはクールな表情しか見せない涼矢が、自分から口を開いてペニスを待っている。この男のこんな姿を見るのは自分だけなのだという、あの不思議な優越感がまた湧いてくる。
和樹は涼矢の体から降りて、ベッドの上にあぐらをかく。「おまえがこっち来て、しゃぶってよ。」
涼矢はいつものように何の抵抗も躊躇も見せない。和樹に向き合っていったん正座したかと思うと、そこから土下座でもするかのように頭を下げていく。土下座と違うのは、頭が下がると同時に腰が持ち上がっていくところだ。涼矢が和樹のペニスを口に含む。
「口ん中、好きなんだよな?」と和樹が言う。涼矢は目だけ上目遣いにして、咥えたまま、頷く。四つん這いで尻だけ高くして、口をモゴモゴと動かしている涼矢を見て、餌にありついた犬みたいだ、と思ってしまう。すぐに、いくらなんでもそれはひどいと自省するが、さっき涼矢は自分から「わん」などと言ったことを思い出す。和樹は犬をあやすように涼矢の髪をくしゃくしゃと撫でる。最後に前髪を上げて、滅多に見ることのない額を見た。なにごとかと涼矢がまた上目遣いをする。
「わん。」と和樹が言った。
涼矢がすぐに口からペニスを外す。「笑わすな。」
「わんわん。」和樹は涼矢にじゃれついた。
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