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第681話 重ねる時間 (8)
「わ、おい、あぶなっ。」和樹は涼矢を押し倒して、首筋や乳首を舐め、吸った。涼矢はくすぐったがりながらも、強くは抵抗しない。そのうち、同じように和樹にじゃれついては隙を見て体にキスをする。最後は涼矢が和樹を組み伏せた。ちょうどさっきの和樹とは逆の体勢だ。
和樹はその涼矢の中心がもう充分に昂ぶっていることを確認すると、おとなしくなった。誘う目で涼矢を見る。涼矢は何も言わずに和樹の足を広げさせた。
「んっ。」と和樹が喘ぐ。涼矢が和樹の中に入っていく瞬間だ。
「声、出して。我慢しなくていいよ。誰もいない。」
そんなの知ってる、と和樹は思う。騒がしさで言えば、今のじゃれあいのほうがうるさかっただろう。じゃれあいと言えば微笑ましいが、大の男2人がベッドの上でドシンバタンと取っ組み合いをしていたようなものだ。
「目、開けて。こっち見て。」涼矢が言う。
要求の多い日だ、と思う。涼矢の身勝手さを怒ったばかりなのに。俺の要求なんかひとつしかないのに。
和樹は目を開けて涼矢を見た。「もっと。」と言った。
もっと強く。今の和樹が欲しているものはそれだけだ。
涼矢の体臭が濃くなった気がする。体の奥の熱も。匂いと、体温。和樹が一番欲しているもの。数日後にはまた1人の部屋に戻る。その時まで忘れないように、深く刻みつけてほしい。
涼矢が体の奥深くにまで入ってくる。体いっぱいに満たされる気がする。「あっ、いい、もっと。」
たったひとつの要求だけれど、何度も欲してしまう。
涼矢の肩越しに天井が見える。なんの変哲もない白い天井だ。目が合うポスターは当然のようにない。でも、少し視線をずらせば涼矢とは目が合う。突くことに必死で苦し気にしていても、和樹と目が合えば微笑んでみせたりもする涼矢が。
「涼、もっと。」和樹は涼矢にしがみつく。もっと強くしてほしい。もっと近くにいてほしい。もっと余裕をなくして、もっと必死になってほしい。
終わった後、ほぼ裸のまま、ベッドで隣り合って横たわった。シングルサイズだから少しでも動けばお互いの体に触れる。もちろん、何の問題もない。時々はわざと腕や足に自分のそれをからめたりもした。
「あ。」と涼矢が呟く。
「何?」
「わんわん言ってたから、バックでやればよかったな。わんわんスタイル。」
「アホか。」和樹は笑った。「涼矢は、犬というより猫かな。マイペースだから。」
「そう? ご主人様の言うことはちゃんと聞くんだから、犬じゃない?」
「ご主人様ってのは、もしや俺のことか?」
「イエス、サー。」
「何言ってんの、全然聞かないくせに。」
「そんなことないだろ、挿れたいと言われればどうぞと言い、挿れろと言われれば頑張って……イテッ。」掛け布団の下で、和樹が向こう脛を蹴っていた。
「そういうことは言うなっつうの。ご主人様が言ったんだからな、言うこと聞けよ。」
「暴君だなあ。」
「うるせ。それより、腹減った。なんか食わせて。」
「俺はお抱えシェフ兼任か。」
和樹はベッドから這い出た。パンツだけはとりあえず穿いていたが、それだけの姿で部屋を出ようとする。
「おい、服、着ろよ。」と涼矢が言う。その涼矢はまだ布団の中で、同じくパンツ1枚だ。
「誰もいないんだろ?」
「ひとん家で裸族になるな。……佐江子さん、予告なしに急に帰ってくるの、知ってるだろ。ジーンズ面倒なら、そこにハーパンあるから。」
「そうだったな。」和樹は上には自分が着てきたTシャツ、下は涼矢の言うハーフパンツを着る。部屋の一角にある、衣類の山。その一番上にそれはあった。きれいに畳まれ、積まれているところを見ると、洗濯され、これから箪笥にしまわれる予定だったのだろう。和樹の部屋なら、そういったものは大概ぐしゃぐしゃに散乱していて、洗濯前のものなのか後のものなのかも判別つきにくい。
2人は階下のダイニングキッチンへと向かった。
「何食べたい?」
「何ができる?」
「ごはんも、パスタもある。食パンでよけりゃパンもある。和食でもイタリアンでも中華でも。」
「すげえな。」
「簡単なものならね。」
「さっぱりしたもんがいいかな。実家だとヘビーなものばっか食わされる。ハンバーグとかビーフシチューとか。シチューなんてさ、夏に食う物じゃないと思うんだけど。」
「和樹の好物だからだろ。」涼矢は戸棚から桐箱を出している。
「素麺?」
「うん。」
「いいね。俺、何する?」
「応援。」
「応援かよ。」和樹は笑いながら涼矢の背後のダイニングテーブルの椅子に座る。「頑張れー、涼矢くーん。」
涼矢はガッツポーズをしながら鍋に湯を沸かし始めた。キッチンが急激に暑くなる。部屋にはエアコンが効いていて和樹の位置は涼しいぐらいだが、沸騰する鍋の前の涼矢は汗だくになっていた。
「エアコン強くする?」と和樹が言った。
「いや、いい。意味ない。」
「だよな。」
「タオル持ってきてくれる? 風呂んとこにある。」
「オッケー。」
和樹がフェイスタオルを持ってきて涼矢に渡すと、涼矢はそれで額の汗を拭い、首にかけた。
「なるほどな。」と和樹が言う。
「何が。」
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