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第682話 重ねる時間 (9)

「前に、おふくろがさ、休みの日だったのかな、家族全員揃ってた時に、さっきの涼矢みたく、昼飯何がいい?って聞いてきて。親父が素麺でいいよって言ったらすげえ怒ったんだ。素麺、で、いいとはなんだって。素麺作るの大変なんだからって。でも、結局出てきたのは薬味だけの素麺で、別に天ぷらとかついてもいないし、どこが大変なんだろうって思ってた。」 「あ、俺も薬味だけのつもりだったけど。天ぷら要るの?」 「大変だろ?」 「うん、やだ。」 「天ぷらが大変そうなのは想像つく。でも素麺は分かんなかった。怒ってるおふくろに、どこが大変なんだ?とも聞けなかったけど、今、分かったわ。」 「ビーフシチューなんかもっと大変だぞ。」そうこう言っている間にも薬味を刻み終わり、小皿に盛る。「あ、レンチンのコロッケならある。それ食うか? 変な取り合わせだけど。」 「食う。素麺って揚げもの欲しくなるよな。」 「さっぱりしたもの食いたいんじゃなかったの。」 「コロッケって聞いたら食いたくなるじゃん。」 「なんだそれ。」涼矢は笑いながら、今度はレンジでOKと書かれたパッケージの冷凍コロッケを取り出す。 「涼矢もそういう、冷凍食品とか食べるんだ。」 「俺と言うより、佐江子さん用だけどね。変な時間に帰ってきて、晩酌の肴がないって言い出すことあるから。」 「なるほどね。」 「さて、と。」素麺を冷水で締めて、ザルにあげたところで涼矢の手が止まる。 「どうしたの。」 「一口ずつまとめるか、ガサッと盛り付けるか悩んでる。」 「ガサッとでいいよ。」 「いっか。」 「俺んち、水の中に浮かんでるよ。」 「ああ、そういうのもあるな。麺がくっつかなくていいけど、食べてるうちにめんつゆが薄まるのが嫌。」 「分かる。」  電子レンジの音が鳴った。冷凍コロッケの加熱が終わったのだ。涼矢が何も言わずとも、和樹は立ち上がり、食器棚から皿を出し、レンジのコロッケを乗せた。 「サンキュ。」と涼矢が言う。「ソースは冷蔵庫のドアポケット。」 「ん。」ソースも出して、コロッケの皿の隣に置く。 「気が利くようになったじゃない?」涼矢はニヤリとして「ガサッと」麺を盛った大皿をテーブルに置いた。 「柳瀬ってさ、しょっちゅう来てるの、ここ?」 「はい? 何、突然。」 「皿を出すのとか、慣れてたから。」 「ああ。」涼矢は納得したように笑う。「中学までは来てたかな。うち、親があまりいないし、部屋はそこそこ広いし、柳瀬に限らず、たむろ場所だったんで。」 「不良の溜まり場か。」 「そう思う?」めんつゆと取り皿を置く。 「想像できないけど。」 「逆だよ、不良にもなれなきゃ、クラスの人気者にもなれないような奴が寄り集まってたの。……じゃ、いただきます。」 「いただきます。」  しばらく2人は素麺をすすることに集中した。 「もし俺が、柳瀬のポジションだったら。」コロッケも食べ終え、麺も残り少なくなって箸でつまみづらくなってきた頃、和樹が言った。「ちっちゃい頃から近所にいて、一緒に遊んでたら、どうなってたかな。」  涼矢は考え込む。「どうなんだろうな。考えたことなかった。」 「正直言うと、柳瀬やポン太が羨ましいわけよ、俺は。俺の知らない涼矢のこといっぱい知っててさ。でも、俺が幼馴染だったら、好きになってもらえたのかなって。」 「恋愛対象としてってことだろう?……うーん。想像つかないな。」  和樹はプハ、と声に出して笑った。 「なんで笑うの。」 「もしもの話なんだから、それでも好きになってたよって言っておけばいいのに。ま、そういうとこ、おまえらしいけど。」 「そういうとこって、どこだよ。」涼矢は馬鹿にされたように感じたのか、少し不満顔だ。 「適当なことを言わないところ。」 「適当に言ったほうがいいのかよ。」 「褒めてんの。俺はおまえのそういうとこが好きだよ?」 「なっ……。あ、そう。」涼矢は照れ隠しのように空咳をひとつする。 「好きになってたと思うけどね。俺は。」和樹は箸を揃えて置いた。「ごっそさん。」 「俺が、おまえを? 幼馴染でも?」 「うん。それで、俺も、おまえをね。」和樹は涼矢の分の食器も下げて、洗い物を始めた。 「でも、家族みたいになっちゃったら、そういう目では見なかった可能性もあるかも。」 「だっておまえ、俺の顔が好きなんだろ? それが変わらないなら、出会い方がどうでも、やっぱ好きになったろ?」 「そう……かなぁ。」 「そうだよ。そんである日、おまえは俺に告白するんだよ。切羽詰まった顔してさ。」  涼矢は無言だ。 「俺は、昨日までただの友達だと思ってたおまえにそう言われてさ。」シンクに向かっていた和樹が振り返り、涼矢を見る。「びっくりするけど、思うんだ。おまえのこと、知ってるつもりでいたけど、何も知らなかったんだなって。もっとおまえのこと知りたいって。それで、好きになる。」 「それって、今と……。」 「うん、そう。今と同じ。結局そうなる。」和樹は再びシンクを向いて、皿をすすいでは水切り籠に入れていく。「そういうのを運命って言うんだろ。」

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