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第684話 重ねる時間 (11)

「ああ、あれか。」ようやく涼矢はその場面を思い出した。柳瀬やカノンに続いて、奏多や英司にもカミングアウトした、あの日。事実上、高校時代の同級生全員にバラしたようなものだ。自分がゲイだということを、と言うよりは、和樹とつきあっていることを。和樹を巻き込んでの告白にはそれなりの覚悟も必要だったし、和樹のためにも強気でいなければならないと思っていた。正しい。俺たちは正しい。自分にそう言い聞かせて臨んだ。そして、和樹が一緒にいてくれたから、強気でいられた。  今でも思う。今だからこそ、より強くそう思える。 「思い出した?」 「うん。」 「あれ、結構嬉しかったから。だから忘れてない、俺は。」 「俺だって思い出しただろ。」 「責めてないよ。」和樹は優しく笑った。それからもう一度「俺たちは正しい。」と繰り返した。 「うん。」 「正しいのは、おまえの『好き』と俺の『好き』が対等だからだよ。どっちかが我慢して成り立ってるようじゃだめだと思う。」 「うん。」 「だから……まあ、そういうことだ。」 「また、まとめたな。」涼矢は笑った。「でも、俺のほうが好きだと思うよ?」 「は?」 「俺もおまえも、同じ種類の『好き』だとは思うし、我慢はしてないけど、『好き』のボリュームは俺のほうが多い。そこは対等じゃない。」 「そんなことないだろ。」 「積み重ねた年月が違うよ。」 「それ持ち出すのはずるい。積み重ねがどうでも、大事なのは今だろ。」 「今だったら、俺の『好き』と和樹の『好き』は同じぐらい?」 「ああ。……いや、俺のほうが大きいかも。だっておまえ、やたらねちこく焦らすだろ、最近。ああいうことができるってのはさ、おまえのほうが余裕があるんだよ。俺にたっぷり愛されてる余裕。」 「それが根拠かよ。」涼矢は笑いをこらえていたが、結局くっくっと笑い出した。「変なの。」 「変とか言うな。こっちは必死だっつうの。おまえみたいに、人の気持ちをもてあそんでる余裕ないの。」  それを聞いた途端、涼矢の顔からは笑みが消え、あからさまにムッとした表情へと変わった。「もてあそんだ覚えなんかないし、俺だって必死だよ。」涼矢は立ち上がり、和樹の腕をつかんで、立ち上がらせた。「おまえの負担を考えて必死で耐えてたけど、そんなこと言うならもう我慢しない。好きなようにやるからな。」 「いってえよ、力強すぎ。」和樹は涼矢のつかんだ手を剥がそうとするがびくともしない。 「なんかマジでむかついてきた。」口元は笑っているが、目は笑っていない。そんな表情の涼矢に引きずられるようにして、和樹は2階へと連れて行かれた。  ベッドに突き飛ばされるように転がされても、和樹はまだ半信半疑だった。こういった雑な扱いも含めて、涼矢の、ある種プレイ的なものだと思っていた。 「もう少し丁寧に扱えよな。」  和樹が半笑いで言ったそんなセリフに、涼矢は答えない。 「あれ、もしかして本気で怒ってたりする?」 「脱いで。」涼矢はただ、そう言い放つ。  和樹は動かない。もう半笑いもしていない。涼矢を見つめる。「そう怒るなよ。」 「聞こえなかった?」涼矢はシャツを脱いだ。下は穿いたまま、ベッドに片足を乗せる。かと思うと、いきなり手を伸ばして、和樹の着ているTシャツをめくる。 「ちょま、待てって。」和樹が慌てて上半身を起こした。「分かったよ、脱ぐから。」  上半身が露わになると、すかさず「下も。」と涼矢が言った。 「え、でも、おまえは穿いて……。」そこまで言って、観念したように黙り込む和樹だった。  全裸になった和樹は涼矢を上目遣いで見て、その後の指示を仰いだ。涼矢がかすかに顎を動かしただけで、「横になれ」の合図だと理解して、横たわった。涼矢はその顔の両側に両手をつく。 「反省した?」上から和樹を見下ろして、涼矢が言う。 「した。」  即座に答える和樹に、涼矢は吹き出した。「もうちょっと抵抗するかと思った。」  和樹はホッとして肩の力が抜けた。そうなって、自分が少々緊張していたことを知った。「できねえよ、今の涼矢、すげえ怖かったもん。」 「だって、ひどいこと言うから。」 「そこまでひどかったか?」 「ひどいよ。もてあそぶとか。俺がそんなことするわけない。」涼矢は肘を緩ませ、和樹の上にゆっくりと体を重ねた。体重のすべてが和樹に乗ってしまわないように、体は少し斜めにする。 「でも、やたら焦らしてたのは事実じゃん。」 「焦らしてたんじゃないよ、勢いで無茶して傷つけたくなかっただけ。それに。」 「それに?」  涼矢は和樹の耳元に口を寄せて、囁くように言った。「挿れなくても、気持ちよさそうだったから。」  和樹はうまい切り返しも思いつかずに、ぐ、と唇を結ぶばかりだった。 「挿入だけがセックスじゃないし。」と涼矢は続けた。 「……嫌?」 「え?」 「挿れんのが。」  涼矢は笑った。「嫌なわけない。」和樹の頬を撫でる。「でも、毎回毎回それやってたら、和樹、大変だし。」 「そっちが大変なんだろ。俺のせいにするな。」

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