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第685話 重ねる時間 (12)

「ん、まあ、俺も大変だけどさ。」和樹の首筋、和樹の胸、和樹の腹へと手を滑らせていく。和樹がピクンと体を震わせた。「和樹に触ってたいんだよね。ずっと。」涼矢と和樹は横たわったまま向き合う姿勢になった。涼矢の手は和樹の脇腹を経由して、背中を撫ではじめる。和樹の唇が薄く開いて、息が吐き出される。涼矢の手が和樹の体をまさぐるうちに、その間隔はだんだんと短くなる。「風俗じゃないんだから、最短距離で出すだけじゃつまんなくない?」 ――なに贅沢なこと言ってるんだか。ちょっと前まで童貞だったくせに。  和樹は心の中でそう(うそぶ)いた。 ――童貞切ったのだって、俺のおかげのくせに。  けれど、体中を這う涼矢の指のせいで息が浅い。偉そうなことを言いたくても、これではバレてしまう。 「んっ。」背骨を撫で上げられた時にはついにそんな声が出て、体もビクンと反応してしまった。恐る恐る涼矢を見れば、やけに機嫌よく微笑んでいるものだから、逆に腹が立つ。「おまえも脱げよ。」恥ずかしさを誤魔化すように、和樹は涼矢のハーフパンツのゴムを引っ張った。 「もう少ししたら。」 「ほら、やっぱそうやって。」話している途中だというのに、涼矢はキスで和樹の口を塞いだ。離すと同時に和樹が「何するんだ。」と文句を言おうとして、またキスで塞がれる。その後はもう何も言う気にならなかった。  涼矢がふいに体を離した。体を起こす。 「なんだよ、急に。やめんの?」 「やめないよ。好きにさせてもらうって言ったろ?」  まだその宣言は有効だったのか、と和樹は思う。涼矢はベッドから降り、机の引き出しから何かを取り出すと戻ってきた。 「これ、覚えてる?」涼矢がそう言って出してきたのはアイマスクだ。正月にホテルで使ったものだ。 「知らね。」和樹はプイと横を向く。その反応こそが覚えている証拠とも思わずに。 「嫌なら嫌って言っていいよ。」そう言いながら、涼矢は和樹にそれをつけた。「言ってもやめないけど。」  和樹は抵抗しなかった。「どうせそんなことだろうと思ってた。」 「今日は縛らないから。嫌なら自分で取ればいい。」 「今日は、ってなんだよ。」和樹は笑ってみせるが、もちろん強がりだ。視界を奪われることにはやはり慣れない。  拘束も、目隠しも、和樹の感度を良くすることを涼矢は経験的に知っている。自由に動けないという「言い訳」は和樹を解放するし、目隠しは和樹を敏感にする。 「体、起こして。俺に寄りかかっていいから。」  涼矢は和樹の上半身を起こすのを手助けし、するりと和樹の背後に回る。和樹は戸惑いながらも、結果的には涼矢に体を預けるようにしなだれかかった。涼矢の両腕が和樹の体を抱く。壊れものを扱うように、そっと。和樹の手は自由だから、その涼矢の手を振りほどいてアイマスクを外すのは簡単だった。けれど、和樹を不安がらせまいという気遣いが伝わるような優しい手は、逆に抵抗する気を失わせた。視覚情報が断たれた不安を煽るのも涼矢なら、救うのも涼矢で、和樹は涼矢に身を任せることを選んだ。  和樹を抱きしめたまま、涼矢は和樹の首筋にキスをした。「ここじゃ見えちゃうかな。」そんな声が聞こえた。Tシャツで隠れない場所へのキスマーク。和樹はとっさに夏期講習のバイトまで何日あるかを計算してしまう。その前に家族に気付かれるほうを心配すべきなのに。家族がいる生活より、一人の生活のほうに慣れてしまった。 「見えるとこはちょっと……。」和樹が言う。 「ん。気を付ける。」  こういう時の涼矢が殊更に優しいことを、和樹は知っている。だから余計に抗えない。涼矢は、痕が残らないような軽いキスを和樹の首や肩に繰り返しする。和樹は手を後ろに伸ばして、涼矢の体に触れる。肘のあたりまで涼矢にホールドされているから、腕の可動範囲は狭い。指先が触れるぐらいで、それ以上のことはできない。  やがて涼矢の手がゆっくりと下がってきて、和樹の太腿まで来ると、和樹の両足を左右に開かせた。その真ん中を涼矢の手が握る。まだ勃ってはいないはずだが、そのまま刺激されたらすぐに反応してしまうに違いない。 「和樹も手伝って。」涼矢が耳元で囁いた。どういう意味かと考える間もなく、ペニスにあったはずの涼矢の手がいったん離れ、和樹の右手を取り、一緒に握りなおさせた。つまり、自慰と同じように自分で握らされたのだ。その上に重ねられた涼矢の手に力がこめられる。 「いっ……。」と思わず口をついた一言が、「嫌だ」なのか、「いい」なのか、和樹自身にも分からなかった。 「怖い? いつも自分でしてるのと変わらないだろ?」  いつもと変わらないはずがない。確かにいつもの自慰だって無意識に目はつぶっているし、こんな風に壁にもたれてしたりもする。でも壁はこんな風に温かくないし、自分の意志と関係なくペニスを握らせたりしない。 「ほら、もう硬くなってきた。」  壁はそんな風に甘い声で囁きもしない。 「涼……。」  一人の時は、そんな風に名前を呼ぶこともめったにない。もちろんその時は涼矢を思い浮かべているのだけれど。でも、涼矢の体温と匂いはそこにはないから。――こんな風にすぐ気持ちよくなったりはしない。

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