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第691話 重ねる時間 (18)
「ん、和樹の中、気持ちいい。」涼矢が言う。よく見ればその涼矢も少し恥ずかしそうにしている。こんなことして恥ずかしいのも、それによって更に気持ちよくなってるのも俺だけじゃない。そう思うと急に涼矢が愛しくて仕方なくなった。
「もっと。」と鏡の涼矢に言った。「もっと強くして。」
涼矢も鏡の和樹を見た。「大丈夫?」
「うん、気持ちい。」
涼矢の動きが激しくなる。つながったところからの水音と二人の喘ぎだけが聞こえる。和樹は薄目で鏡を見ていた。時折苦しそうに眉間に皺を寄せる涼矢も、どうだ?と挑むように鏡に映る和樹を見る涼矢も見た。そして、その涼矢に突き上げられているところも見た。自分の中に「あんなもの」が出し入れされているなんて、と今更ながらに思う。だらしなく口も股も開いて甘えている自分を見た。そうされているだけで、触られずとも勃起している自分のペニスも。
「あっ、ああっ、い、いいっ……、涼、それ、好き……。」
きつい体勢でもなんとか背後を向いて、涼矢にキスを求めた。涼矢はすぐにそれに応える。
「涼、来て、中にっ……。」
2人で果てた後、和樹は余韻を楽しむでもなく、すぐにバスルームに入った。ずっと足を開いていたから、股関節に少々の違和感を覚える。だが大したことはない。それよりも中出しされた精液を掻きだす手間のほうが煩わしい。思えば正月に鏡の前で行為に及んだ時にも、時間がなくて中出しされた。あの時は自分からそうしてほしいと言ったのかは忘れた。気づけば「中に出して」だの「早く挿れて」だの言うことにも慣れてきてしまった。――初めはあんなに抵抗があったのに。抱かれる側の自分、というものに。
少ししてから涼矢も入ってきた。掻きだす作業を見られるのを嫌がる和樹に気を使っての時間差なのだろう。それでいて「手伝うよ。」などと言う。
和樹は追い出す気も失せていた。「もう大体終わったから。」
「じゃあ、髪でも洗ってやろうか?」冗談とも本気ともつかない口調で涼矢が言う。和樹はしばし涼矢を見つめてから、うん、と頷き、風呂の椅子に座った。
涼矢は和樹の髪を洗う。前にも思った、「普通の男の子」らしい、短い髪。でも、それを見て、「普通の男の子」を巻き込んでしまった後ろめたさは、以前ほどには感じない。
「シャンプー、つけすぎだろ。」和樹が言った。確かに、やたらと泡立っている。
「ごめん、自分がいつも使ってる量だった。」
「もう結べる長さだもんな、おまえ。」
「うん。でもヘアゴムとかなくて、輪ゴムで結んだら、超絡んで、痛かった。」
「バーカ。」和樹は笑う。「ゴムも買うか。そっちのゴム。」
「そっちのって……ああ。」涼矢も笑う。コンドームとヘアーゴムの二つの「ゴム」。「買ったら、和樹がセットしてくれる?」
「いいよ。」
さすがに伸び過ぎて切ろうと思っていた。明日か明後日には美容院の予約もしてあったはずだ。でも、和樹が自分の髪に触れてくれるなら、その予約をキャンセルしようと涼矢は思った。
涼矢は和樹の髪のシャンプーを洗い流す。シャワーをフックに戻そうとした時、ヘッドが回ってしまい、浴室内の鏡にお湯がかかった。曇っていた鏡が一瞬クリアになり、二人の顔を映した。和樹はそれに気づかない。涼矢だけがそこに映る二人を見た。二人の、普通の、若い男。何も特別なことはない。「異端」の要素などない。涼矢はそれに妙に安堵した。
買い物には車で行った。それほど大げさな買い物はなかったけれど、どうせならとプチドライブを決め込んだのだ。夏のことだから日が落ちるのは遅く、その夕焼けを見ながら車を走らせた。
夕焼けは二人の思い出の光景だ。今は建て替わってしまった雑居ビルの屋上で。あるいはかつては涼矢の苦しみの象徴でしかなかった海で。日没の、オレンジ色から深い青へのグラデーション。和樹は涼矢にもらった絵を連想した。――初めて見た涼矢の絵。その海のような宇宙のような深い青を涼矢のようだと思った。東京に行く直前にもらった暖かなオレンジ色の絵。あれが涼矢から見える俺だったらいい、と思った。俺たちはそれぞれ違った色で、でも、いつの間にか連なったグラデーションでありたい。
家に着く頃には完全に夜だった。早速買ってきた食材で夕食作りの腕を奮おうとする涼矢に「ちょっと待って」と和樹が言う。買い物袋からヘアーゴムを出した。
「料理するのに、邪魔だろ?」
「ああ。」
「今はそんな凝ったことはしないよ。ただ縛るだけ。」和樹は涼矢の髪をひとつに束ね、低い位置で結んだ。
「うん。」
「前髪が落ちちゃうな。これも買ってきておいてよかった。」髪留めも出す。
「それはちょっと、恥ずかしい。」
「誰も見てないし。」
「和樹が見る。」
「じゃあ、こっちにする?」ヘアバンドも出てきた。
「おまえいつの間にこんなに買ってたの。」
「見てたら楽しくなっちゃってさ。100均でもいろいろあるのな。」言いながら、涼矢にヘアバンドをつけた。「そしたら後ろはゴムで縛る必要ないか。」結んだばかりの毛束を指先で弾く。
「いいよ、もう。」和樹に触れてもらえるのを楽しみにしていたはずが、いざ実際されてみると気恥ずかしい。涼矢はキッチンに立った。
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