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第698話 たゆたう空間 (7)

 それから2人でのんびりとブランチをとった。和樹は朝、佐江子と会話したことを涼矢に告げた。 「おふくろと顔合わせるの、嫌がってたのに。」 「嫌だけどさ、こんなちょいちょい泊まってるのに、挨拶もしないってのはやっぱ、マズイかなって。せっかく、俺らのこと認めてくれてるのに、嫌われたくはない。」 「嫌ったりするもんか。」 「そう?」 「ああ。あの人もメンクイだからな。親父は例外だけど。」 「親父さんだって良い男じゃん。」 「普通だろ。」 「良い意味でさ、年齢重ねて、内面が現れてきたって感じ。マスターもそれ系な気がする。……ってことは、涼矢もこれから益々カッコよくなるな? 涼矢もその系統だから。」 「は、何言ってんの。」涼矢は照れ笑いをしながら、自分が淹れたコーヒーを飲んだ。 「そうだ、親父と言えば、うちの父さんも今日帰って来るんだ。仕方ねえな、今日は家帰るか。」 「どこか行ってたの?」 「だからさっき……ああ、さっき言ったのは佐江子さんか。あのな、上海に出張だって。」 「へえ。」 「なんかさあ、高校の頃のほうが自由だった気がする。」 「え、なんで?」 「1人暮らししてから、俺の扱いがスペシャルゲストになっちゃってさ。明日の予定はどうなってるんだ、何時に帰って来るんだ、メシはどうするんだって。高校の時は、その場のノリで誰かん家に泊まっても、家でメシ食ったり食わなかったりでも、何も言われなかったのに。……これが、おまえの言ってた、待ってる側は気になるってやつなのかな。」 「……だろうね。」 「だから今日は家に帰るよ。親父が何時に帰ってくるのか知らないけど、夕方には帰る。」 「分かった。」 「その先の予定は、まだ考えてない。」 「うん。俺はおまえに合わせるし。どっか行きたいとこあるなら車も出す。」 「ん。」 「と言っても、変わり映えしないところしかないけどな。東京みたいにでかいイベントやってるわけでもないし。あ、Pランドに新しいアトラクションが出来たって。」 「Pランドはパス。知り合いに会ったら面倒くさい。」 「じゃあ、市営プールとか?」涼矢は笑った。 「ガキンチョの世話はバイトだけでいいよ。」和樹は苦笑いだ。「ま、適当に。」 「うん。……あ、そうだ。」 「何? どうした?」 「俺の大学、来てみる?」 「え。」 「どっちにしろ俺、借りたい本があって、大学図書館に行きたいんだ。別に面白いものがあるわけじゃないし、無理にとは言わないけど。」 「今日?」 「今日でも、いつでも。」 「おまえがいいなら、行く。」 「じゃあ、この後行くか。」 「ああ。」  1時間ほどの後には、涼矢の車で大学に向かっていた。 「車で通学してたっけ。」 「や、普段はバスと電車を乗り継いで行く。車だと大学(ガッコ)に許可証もらわないといけないし、誰かについでにどこそこまで送ってくれとか言われそうで、面倒だから。」 「そっか。うちは禁止。」 「駐車する場所がないだろ。」 「うん。キャンパス狭いし、周りのコインパーキングもバカ高い。」 「こっちは土地はあるから、構内じゃなくても適当に。」 「そういやS高の奴、何人か行ってるよな、N大。」 「……って、誰かに聞いたな。会った覚えないけど。」 「会ってもおまえが気づいてないんじゃねえの。」 「かもしれない。あ、嫌だった?」 「何が。」 「知り合いに会うかもしれない。確率は低いけどさ。」 「ああ。別に。遊園地で出くわすのとは違うだろ。」 「……そっか。」  遊園地で涼矢と――男2人でいるのを見られるのと、大学構内で目撃されるのとでは、意味合いが違う。確かにそう思ったからそのまま口にしたのだけれど、言った矢先に罪悪感を覚える。――俺はまだ、覚悟を決められないのか。奏多や英司にもカミングアウトして、口止めもしなかった。これで高校の同級生の誰にバレても仕方ない、そう思ったはずなのに。 「無理しなくていいよ。行先変えるか?」急に押し黙った和樹に、涼矢は言った。 「いや、無理はしてない。俺もおまえに自分の大学、見せたくて見せたし、おまえの大学も見てみたいし。」 「もし俺の知り合いに和樹のこと聞かれたら、高校の友達って言うから。」 「いいよ、ほんとのこと言っても。」  涼矢は微妙な表情を浮かべたまま、返事をしなかった。  大学らしき建物が見えてきて、そろそろかと思ったが、涼矢が車を止める気配はなく、そのままその脇を走り抜けていく。やっぱり俺が気にすると思って、行先を変えたのか。そんなことしなくていい、と和樹が言おうとした瞬間に、涼矢は車を端に寄せ、停めた。 「図書館はここからのほうが近いんだ。」涼矢の説明でようやく理解した。車から降り、そちら側の門から大学構内に入って、更に納得した。広い。さっき見かけたのが正門だったとすると、ここまで来るには10分以上歩かねばならないかもしれない。 「広い。」 「うん。」 「俺はだいたいあっちのほうにいる。」涼矢が指を差したはるか前方に建物が見えた。「法学の講義は大抵あそこでやるから。」 「へえ。こりゃ移動が大変だ。」

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