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第700話 たゆたう空間 (9)
木陰のベンチは空いていなかったので、日向のベンチにいた和樹は、じりじりと照りつける太陽に音を上げて再び場所移動しようと立ち上がった。その時、少し離れたところにいた女性2人が、こちらを見てはヒソヒソと話し合っているのが見えた。――俺のこと見てるのかな? ヨソ者だから? いや、他大生かどうかなんて見た目じゃわからないよな。
「ごめん、暑かっただろ。」涼矢が来た。
「ああ、うん。今、日陰に移動しようと思ってたとこ。」
「じゃあ、カフェテリアにでも行く? 本格的に腹減ってるなら、学食のほうがいろいろあるけど、一番近いのは。」涼矢が話している途中で、さっきの女子2人組が近づいてきた。
「涼矢くん。」
「あ、千佳。」
その隣には響子もいた。響子が口を開く。「どうしたの、こんなとこで。」
「図書館に来た。」
「勉強?」
「本を借りに。もう借りて、今、車に置いてきた。」
「車で来たんだ?」と千佳が言った。
「そう。えっと、一緒に来たんで。」涼矢は視線だけで和樹を示した。
和樹は軽く会釈をした。
「あの。」千佳が和樹を見上げる。「涼矢くんの、その。」
「東京の彼氏?」と響子が言った。
「え。」和樹は涼矢を見た。
「写真を。ほら、哲ちゃんの壮行会の時、写真見せてもらったから、もしかしたらそうかなって。」千佳がもじもじしながら言った。
「写真、見せたの?」和樹が涼矢に言う。
「見せた……っけ?」
「うん。ツーショットの。遊園地で撮ったって。」響子がにこにこと言う。「千佳がイケメン彼氏でいいなぁって言ってたじゃない?」
小柄で目がくりっとしてる子が千佳。少々ふっくらとした体型の子が響子。涼矢には比較的仲の良い女友達が2人いるらしいことは聞いていた。その情報に、目の前の2人の姿を重ね合わせた。響子の顔には見覚えがないが、千佳のほうはどこかで見たことがある気がした。
「そうか、あの時か。」写真の出所を思い出したらしい涼矢は、和樹に小声で説明する。「観覧車のとこで撮ってもらったやつ、あれの画像データを見せた。」
「ああ、あれ。……えっ、あれ?」肩を組んで、頬を寄せたツーショットだ。「マジか。めちゃ恥ずかしいじゃん、それ。」
「素敵な写真だった。」と響子が相変わらずにこやかに言った。「私、依田響子です。この子は、河合千佳。涼矢くんとは、1年生の時、同じ講義をとっていて、一緒にグループワークをやって、それからたまに一緒に学食でランチしたり。という友達です。」
「あ、うん。ちょこっと聞いたことある。俺は、都倉和樹。」
「都倉くん。」と千佳が口の中で繰り返した。
「和樹でいいよ。こいつのこと、涼矢って呼んでるんでしょ?」と和樹は言った。
「呼び捨てはしてないよね?」千佳は響子に同意を求める。「田崎くん。それか涼矢くん。……涼矢くんって呼んでることが多いかな。」
「そうだね。」と響子も頷く。「じゃあ、和樹くん。」と和樹に向かって言う。
涼矢が気まずそうに割って入った。「ごめん、俺は2人のこと呼び捨てしてる。高校ん時の部活のクセで。」
「そう、俺ら、水泳部で、女子もみんな呼び捨てしてたから。」和樹が補足した。
「ああ、いいのいいの。」千佳が手をパタパタさせて言った。「呼び方なんてなんだっていいじゃない。ね。」
涼矢と似たようなことを言うな、と和樹は思った。
「大事でしょ。」と響子が言う。「だって涼矢くん、哲ちゃんに呼び捨てされるのは嫌がってたじゃない?」
「あ、あれは。」珍しく涼矢が動揺した。「勝手に、哲が。……まあ、その話はいいや。2人は、どうしたの?」
「同じよ、図書館。返しに来たんだけど。本当は休み前に返却期限来てたのに忘れてて催促されちゃった。」響子が照れ笑いをした。
「そう、それで何故だか私までつきあわされてたんだ。今は、お昼食べ損ねちゃってたから、学食でも行こうかって言ってたところなの。涼矢くんたちはごはん食べた?」
「いや、まだ。朝が遅かったから。」涼矢が答えた。
「和樹くんも?」千佳が和樹を見た。
「一緒に食ったから。」和樹は何も考えずにそう答えてから、しまった、と思う。これでは涼矢とずっと一緒にいると言っているようなものだ。
それを気づいたかどうか不明だが、千佳はそれなら一緒にランチを食べようと2人を誘ってきた。和樹は返答に詰まり、涼矢の顔を見た。
「いいよ。」涼矢は和樹のほうを見ないでそう答えた。「どこにする?」
「2号館は夏休み中はお休みみたい、だから行くとしたら。」千佳が涼矢と相談を始めながら歩き出したので、和樹はその後ろを歩く響子と並んで歩くことになった。
「こっちの人なのよね?」と響子が和樹に尋ねた。こっちの人。一瞬、ゲイなのか?という問いかけかと思って身構えた。「高校同じって聞いたから。」続きの言葉を聞いて、出身地のことを尋ねているのだと理解した。
「そう。S高って分かる?」
「知ってる。S高のほうだったらギリギリ市内ではあるけど、ここからだとちょっと距離あるわね。私と千佳も高校の、あ、ここの付属校ね、そこの同級生なの。高1からずっと仲良くしてるんだ。腐れ縁。」
「ああ、そうなんだ。」
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