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第702話 The Gift of the Magi (2)

「そうか、哲ちゃんは東京出身なんだものね。昔から知ってる気がしてたけど。哲ちゃんってどこでもやっていけそうよね、今だって楽しそうにしてるし。」 「最近、連絡来てる?」と聞いたのは和樹だ。 「うん。」響子は涼矢に向かって言う。「写真とか結構送って来てるよね?」 「違うよ、あれ、私と響子宛て。」千佳が言った。  響子はスマホを出した。「あら、本当。てっきりグループ宛てに来てるんだと思ってた。」 「早速向こうでも友達できたみたいよ。」千佳もスマホを出して、画像を見せてきた。男女取り混ぜた何人かで写った写真だ。その中央で哲は屈託なく笑っている。 「どうでもいい。」と涼矢が言った。  千佳は笑いながら「そういう態度だから、涼矢くんとこには送ってこないんだよ。」と言った。  和樹は心なしかホッとする。哲の涼矢に対する態度にも、それに対する涼矢の態度にも。「そういえば、哲に本をあげた?」和樹が響子に言った。 「それは私。なんで知ってるの。」千佳が丸くて大きな目を更に大きくする。 「俺さ、見送りに行ってやったの。哲が向こう行く時。」 「そんなに仲良かったんだ?」 「いや、そうでもないんだけどさ。」和樹は笑った。これは多分、うまく笑えた、と思った。「聞いたら、誰も見送りに来ないっていうから、まあ、羽田からだって言うし、行けない距離でもなかったから、行ってやったの。その時に餞別でもらったんだ、って、英語の本を持ってて。」 「ちゃんと持って行ってくれたんだ。」千佳が嬉しそうに笑った。 「飛行機で読むつもりって言ってたよ。」 「そっかあ。」 「あれさ、あの本、なんで哲にあげたの?」 「え?」意表を突かれたという表情の千佳だった。 「『賢者の贈り物』だっけ。なんであれを選んだのかなぁって思って。」 「うーん。」千佳は考え込む。「ひとつは単純に、私の好きなお話だから。きれいな話でしょ? お互いを思いやる夫婦の話。で、もうひとつは、私、英文科なんだけど、英語の勉強のしはじめの頃ね、あの原書を何度も読んだのよ。哲ちゃんもひとりで外国行って勉強するわけでしょ、だから、私が英語すごく頑張った時の気持ちを、哲ちゃんにも伝えたいというか。エールを送る気持ちかな。あ、哲ちゃんのほうが英語でもなんでも私より優秀なんだけど。」  ここでも「哲は優秀」という言葉が出てきて、和樹は微妙な気持ちになる。それから、「千佳は、哲が好きなんだ。」という涼矢の言葉を思い出した。――そうだ。この子だ。この子が哲を好きな女の子。そこから芋づる式に思い出した。哲から送られてきた写真。アリスの店でバイトした時の。女の子と並んで写っていた涼矢。クリスマスのイベントで高級ワインを当てた女の子。 「もういっこ思い出した。千佳ちゃんて、ワイン当てた?」 「ワイン?」 「涼矢がバイトしてた店で。クリパだったかな、そういうイベントやったでしょ?」 「……ああ、あれ! よく知ってるね。うんうん、当てた当てた。私のほうが忘れてた。」千佳は涼矢のほうを向く。「あのワイン、ちゃんと取っておいてくれてるかなあ、店長さん。20歳になったから開けてもらわなきゃいけないんだった。」 「もう20歳になったんだ。」と和樹が言った。 「うん。5月にね。哲ちゃんも4月生まれだから。」サラリと哲の誕生月が出てくるところに、千佳の恋心がしのんでいる気がした。 「私はまだ。涼矢くんは?」響子が言う。 「俺、この間。7月だから。」 「いいなあ、みんな。俺は2月だから、まだまだ先。」 「私なんか3月29日よ。」と響子が笑った。「でもいいの、30歳になる頃には私が一番羨ましがられるんだから。同級生が誕生日迎えるたびに、私まだ二十代って言うの。」 「大して変わらないじゃない。」と千佳が言った。 「変わるのよ、私、小学校3年まで一番背が低くて、嫌だったわ。九九だって覚えるの遅かったし。でも、4月生まれとはほぼ1年違うんだもの、仕方ないよね。小さい頃の1年の差は大きいわ。」  千佳が和樹に聞いた。「2月生まれでもそう感じたことある?」 「いやあ、そんなには……。背も昔から真ん中より前になったことはないなあ。ま、うち、親も背が高いほうだし、遺伝的なものも大きいんじゃないの。」似たようなことを倉田にも言った覚えがある。「涼矢は小さかったんだよな?」 「え、そうなの?」千佳が意外そうにする。 「うん。未熟児だったもんでね、成長が遅かった。そうだなあ、体格がみんなに追いついたのは、小学校高学年とか、中学入った頃かな。」 「九九はすぐ覚えられた?」と響子が言う。 「特に苦労した覚えは……。」 「それじゃ私の出来が悪いだけってことじゃないの。」響子が笑った。 「響子は出来、いいだろ。」涼矢が真顔で言う。 「やだぁ、私の成績知ってるの?」響子は救いを求めるように千佳を見た。 「レポート一緒にやっただろ。分かるよ。」涼矢はお世辞めかして言うでもない。ただ淡々と言う。「それに、哲が頭の悪い子を相手にするとは思えない。」

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