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第705話 The Gift of the Magi (5)

 和樹はピンと来た。「哲のこと、本人がいないところであれこれ言うの嫌なんだろうけど、今のはここにいる全員被害者だろ? 情報提供しても問題ないと思うよ。」  涼矢は千佳と響子の顔を見て、最後にもう一度和樹を見た。誰もが涼矢の口が開くことを期待しているのだと悟り、ようやく話し始める。「哲が前に、俺の同級生だった奴に声かけられたって言ってたから。でも、断ったって。」 「断ることもあるのか。」と和樹が呟く。  涼矢はまた少し考え込み、しかし、結局言った。「不潔なのが嫌だったって。」 「不潔。」千佳が繰り返すと同時に、和樹も響子も、そして言った千佳自身も笑い出した。高村は全体的に「身だしなみ」というものに気を使っていない様子で、髪は脂じみていたし、太い眉毛は眉間までまばらに生えて左右がつながっており、爪も伸びていた。着ていた服は色褪せ、ヨレヨレとしていて、布製のスニーカーは元の色が分からないほど薄汚れていた。 「高校の時は、もう少しちゃんとしてた気がするけど。いつもジャージ姿だった印象。運動部なんて汗臭かったり薄汚れてたりする奴がいくらでもいたから、それで目立たなかったのかな。」と和樹が言った。 「彼の近くの席、女子は誰も座らないよ。」と千佳が言った。 「そうね。教授に褒められたりすることはあるから優秀なのかもしれないけど、少なくとも女子からは一歩引かれてるわね。」 「哲でも一応相手は選ぶんだな。」と和樹が言った。 「一応どころか、結構選んでるよ。声かけられてもOKするのは3割ぐらいだって。」涼矢が言う。言った瞬間に口を押さえ、「しまった」という顔をした。「あ、いや、ごめん。今の聞かなかったことにして。」 「なんで。いいだろ別に。本人がそう言ってたんだったら。」 「声かけられるって……。」千佳が黒目がちな大きな目を更に大きくする。「哲ちゃんて、そんなにモテるの? 法学部での話?」 「違うよ、あいつ、そういう出会い系のバーとか出入りしてて。」和樹が話し出そうとすると、涼矢がそれを制止した。 「昔の話。千佳たちと仲良くなった頃にはそんなことしてなかったよ。」 「なんで庇うんだよ。事実だろ。」 「事実だからって勝手に話していいことと、そうじゃないことがあるだろうが。」 「あいつがどういう奴かちゃんと分かっておいたほうがいいんじゃないの。千佳ちゃんたちだって。」  ガタ、と音がした。千佳が膝に乗せていたバッグを落とした音だった。立ち上がろうとしたのだろうか。だが、千佳は立ち上がることも、バッグを拾うこともせずに、その姿勢で固まってしまっていた。 「あ、ごめん、ケンカしてるわけじゃないから。怖がらせてごめん。」涼矢が慌てて言う。  和樹は千佳の異変と涼矢の慌てぶりに呆気にとられていた。 「千佳、大丈夫だよ。」響子が千佳の背中をさすり、手を握る。しばらくそうしていたかと思うと、和樹のほうを向いて、申し訳なさそうに言った。「驚かせてごめんね、千佳、男の人の大声とかケンカとか苦手で。」 「俺は知ってたのに。」涼矢が言って、和樹はようやく今の出来事の概要を理解した。そうだ。この千佳という子は、「男っぽい男」が苦手なのだと涼矢から聞いていた。だから、言葉使いや仕草が「一見」優しげな哲に惹かれたのだろうと。だが、それにしてもここまで極端な反応をするとは思っていなかった。 「ケンカじゃないから。ほら、仲良し仲良し。」和樹は一方的に涼矢の肩を抱き寄せてみせた。それを見た千佳がプッと吹き出すのを見て、すかさず「ごめんね、驚かせて。」と言った。  千佳はようやく元の顔色に戻り、落ちたバッグを拾った。「私こそごめん。びっくりしたでしょ。本気のケンカじゃないって頭では分かってるんだけど。」 「その前に高村くんのこともあったからね。」と響子がフォローするように言った。 「ほんとにムカつく。高村の奴。」千佳が言った。今回は周りを気にしたのか、さほど大きな声ではなかったものの、怒りを含んだ言い方だ。 「千佳ちゃんが代わりに怒ってくれたから、もう平気。ありがとね。」和樹はできるだけ優しい声で言い、千佳に笑いかけた。 「優しいんだね。さすが。」と千佳が笑う。 「何がさすが?」 「涼矢くんが選んだ人だなって。」 「へっ?」和樹は思わず涼矢を見た。同時に涼矢も和樹を見て、顔を見合わせることになった。だが、すぐに2人とも視線を外す。 「選んでない。」と涼矢が言った。「俺は、その……ただ、一方的に見てただけで、選ぶとか、そんな立場ではなくて。」 「おまえそれやめろ。恥ずかしいっつの。」 「でも。」 「黙ってろ。」和樹は2人のやりとりを興味深そうに見ている千佳と響子の視線に気づく。「これもケンカじゃないから、気にしないで。」 「今のがケンカじゃないのは分かるよ。」千佳が笑った。 「ケンカだとしても、犬も食わないってほうよね。」と響子も笑った。

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