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第707話 The Gift of the Magi (7)

「かず。」涼矢は和樹の話を止めようとしかけて、やめた。 「彼女はこいつのことずっと好きだったらしいけど、俺、知らなかった。今更そんなこと言うなんてひどいって、彼女の友達は俺のこと怒ってた。涼矢だって、そんな形でみんなの前で暴露されたくなかっただろうけど、それも無視した。悪いことしたと思ってるよ、今でも。けどさ、後悔はしてないんだ。」  千佳も響子も、そして涼矢も、ただ黙って和樹の話を聞いていた。 「そういうことがあったから、エミリはすごく大事な友達になった。涼矢とのこと、隠さないでいい場所ができた。自分がやらかしたことの言い訳みたいだけど、それがいいとか悪いとかって、見方ひとつで変わるんじゃないかな。俺は、千佳ちゃんのした告白って、哲のこと、すげえ励ましたと思うんだ。あいつ淋しがりだし、頭いいくせに自己評価低いところあるからさ、千佳ちゃんみたいな子に好かれるのは自信になったと思う。」 「そんなことないよ。あるわけないもん。」千佳は苦笑した。「だって、女だよ。哲ちゃん的には嬉しくとも何ともないでしょ。」 「だからだよ。」和樹は千佳をまっすぐに見る。「哲は気に入られたい奴にはすぐ媚びる。涼矢に対してもそうだった。でも、女の子は……そういう対象じゃないからこそ、たぶん、そんな風に媚びたりしない。メリットがない相手にはサービスもしない、あいつはそういう奴だから。そんで、そんな風に媚びもしないでいた相手が、それでも自分のこと好きだって言ってくれるのって、嬉しかったと思う。」  千佳は涼矢に尋ねる。「涼矢くんも、そう思う?」  涼矢は手を口元に当てて、考え込んだ末に、言った。「うん。」 「長考した割に一言かよ。」と和樹が笑った。 「今聞いたら、そうかもなって思った。」 「響子は?」 「千佳がきちんと気持ち伝えたから、哲ちゃんもやる気が出て、留学決めたのかもよ?」 「それは話が飛躍しすぎじゃない?」千佳はそう言いつつも、少し嬉しそうな表情だ。 「ありうると思うよ。」涼矢が言った。「それだけが理由とは言わないけど、背中を押す、ひとつの力にはなったんじゃないかな。」 「本当に?」 「うん。」 「そうだったらいいけど。」 「きっとそうよ。」響子は微笑んだ。「千佳も、哲ちゃんも、すごく良い子で、私、大好きよ。でも、二人とも自分のこと、あまり好きじゃないのよね。それがもったいないなって思ってた。好きな人に好きって伝えるのを遠慮しちゃったり、誰かに好きって言ってもらえても、素直に受け止められなかったり。不器用なのよねぇ、二人とも。」のんびりとした口調で言う。「でも、今回の千佳は頑張って伝えたし、そういう千佳だから、哲ちゃんも素直に受け止めて、前に進む力にしたんだと思うわ。……恋人になるって形の両想いではないけど、そういう両想いも素敵だと思うなぁ、私。」  穏やかな響子の声を聞きながら、もし千佳も哲も響子の言うような人間なのだとしたら、千佳も哲も「賢者」ということになるのだろうと、和樹は思った。  大学のチャイムが鳴った。夏休み中でも一定の時刻には放送されるらしい。涼矢は自分のスマホでも時刻を確認する。「ああ、もうこんな時間か。おまえ、夕方には戻るって言ってたよな、実家。」 「うん。」和樹は椅子を引いて、立ち上がる準備をした。 「私たちも出るわ。」と千佳が立ち上がる。 「じゃあ、お見送りしようか。」と響子が千佳に言い、千佳がそうね、と頷いた。  食べ終わった食器を返却口に片づけて、ぞろぞろと学食を出る。そのまま4人で連なって涼矢の車の場所まで行った。 「今日はお邪魔しちゃってごめんね。」と千佳が和樹に言う。 「いや、こっちこそ。」 「いろいろ話聞いてくれてありがとう。またこっち来ることあったら声かけてね。」 「うん。千佳ちゃんたちも東京来る時は連絡して。」和樹は涼矢の肩に手を置いた。「あと、こいつのこと、よろしくね。」  千佳が口に手を当てて笑った。「哲ちゃんにも言われた、それ。ね?」響子に同意を求める。 「涼矢くん、しっかりしてるのにね?」響子も笑った。 「よろしくお願いします。」と涼矢が頭を下げたので、千佳と響子がますます笑った。 「じゃあ、また、学校で。」と響子が言い、涼矢が頷いた。  涼矢が運転席に乗り込み、和樹は助手席に座る。涼矢がウィンドウを開けて、軽く手を振ると、千佳は元気よく、響子は胸の前で小さく、手を振り返した。 「良い子たちだね。」と和樹が言う。 「ああ。」ハンドルを握りながら涼矢が答えた。「哲は女を見る目はあるよな。」 「確かに。男のほうは、ろくな奴とつきあってなさそうだもんな。倉田さんとか、暴力ふるう奴とか、そんなのばっかり入れ込んで。」和樹は笑い、涼矢の横顔を見た。「もしかして、おまえもそこに含まれてたのかな?」  涼矢は無言になる。  和樹はハッと鼻で笑った。「なんとか言えよ。黙ってたらマジだと思うだろ。」

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