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第708話 The Gift of the Magi (8)

「千佳が男だったとしても、あいつは千佳に惚れたりはしなかったんだろうな。」 「それ、答えをはぐらかしてるつもり?」 「別に。思ったことを言っただけ。」 「あいつに好きだって言われたら、どうしてた?」 「どうもしないよ。」 「で、どうなの、本当のところ。言われてないの?」  赤信号で停車した。涼矢は溜め息をついて、和樹を見た。「俺相手にも変な誘いをしてたのは知ってるだろ。んで、当然断ってたのだって知ってるだろ。千佳もさっき言ってただろ。あっちこっちでそういうことは言ってた。」 「そういうふざけ半分の話じゃなくて。」和樹は真顔になる。「哲、結構本気でおまえのこと、好きだったんじゃないの。」 「そんなわけねえだろ。」涼矢は前の車が動き出したのをいいことに、和樹の視線をよけて真正面を向く。車が再び動き出す。 「千佳ちゃんにはああ言ったけどさ。正直、千佳ちゃんの告白は、哲にとってはそんなに大きなことじゃなかった気がする。」 「……。」 「あいつが優しくする相手って、どうでもいい奴だろ。千佳ちゃんには悪いけど、あんなこと言いながら俺、全然反対のこと考えてた。告白した後でも優しく接していたのなら、それは千佳ちゃんのことが眼中になかったからなんだ。」和樹はさっきの千佳の様子を思い返していた。良い子だと思ったのは本心だ。でも、哲の興味を引く子じゃないと思った。哲の恋愛対象にはなり得ない「女性だから」というのはもちろんだけれど、哲が好きになる相手にしてはあまりにも常識的だし、健全すぎる。  義理の父親。その人に面差しの似た倉田。暴力で哲を支配しようとした前のバイト先の店長。それに類する、哲を金と力で縛り付けていた男たち。哲が惹かれるのは、いつでもそんな、一癖ある男たちだ。その中では倉田はまだマシなほうだったと思うけれど、哲は倉田に対してだって、素直な好意を見せるようなことはしなかった。むしろ馬鹿にしたり、挑発したり、そんなことばかりしていた。あれは哲なりの甘え方だったんだろう、と、今なら分かる。 ――そして、涼矢に対しても。 「倉田さんやおまえには当たりが強かった。俺に対しては、初対面の時には優しかったけど、その後、会うたびに嫌な奴になって。それってきっと、俺がどうでもいい相手じゃなくなったからだ。」 「……だったら、和樹に惚れてたんじゃないの。」  和樹はまた鼻で笑った。「違うよ。俺なんかあいつにとっちゃ退屈なだけだろ。でも、だんだん俺を適当にあしらえなくなった。それは、あいつがおまえを好きになったからだろう? おまえとつきあってる俺だから、無視できなくなったんだ。……そんで、おまえもそれ、知ってた。おまえが気付いたのか、あいつが直接おまえにそう言ったのか知らないけど。」 「……。」 「黙ってるのは、肯定の意味だよなあ?」 「仮にそうだとしても、倉田さんに振られて淋しくなって、たまたま近くにいた俺で紛らわせようとしただけだろ。」涼矢はナビをつけた。「このままおまえの家に向かっていいんだよな?」そんな言葉は、「この話題は終了」という涼矢の意思表示だ。 「うん。」和樹もそれに反論しなかった。  しばらく無言だった。それは10分にも満たない間だったが、和樹には倍の時間にも感じられた。 「少し陰ってきたな。和樹、悪いけど、俺のバッグに。」と涼矢が言っている途中で、和樹は預かっていた涼矢のバッグから眼鏡ケースを出した。 「これ、前のと同じ?」ケースから眼鏡を取り出して眺めた。 「いや、違う。家用と持ち歩くのと、別にした。よく気が付いたな。」 「ちょっとフレームが細い。」 「うん。」涼矢は片手で素早く眼鏡を装着する。 「気が付いちゃうんだよなぁ、おまえのことは。」和樹は笑う。 「怖いな。」涼矢は苦笑する。 「気が付きたくないこともあるのにな。」 「まだその話、するの?」 「でもあいつ、吹っ切って、留学したんだよな。いや、順番が違うか。留学することで、吹っ切ろうとしたんだなって思った。羽田で2人で会った時、哲の奴、またちょっと俺に優しくなってたんだよ。皮肉も言われたけど、正月の時みたいに刺々しくはなかった。」  涼矢は細い裏道へとハンドルを切る。先行する車も後続の車もない。それでも他の車の邪魔にならないで済むスペースを見つけると、そこに車を停めた。  涼矢はハンドルにつっぷした。「何が言いたい?」 「別に、何も。」 「なんであいつの話すんの。そりゃ、おまえにひどいことしたよ。後悔も反省もしてるよ。けど、もう済んだ話なんじゃないの。もう近くにいもしない奴のことで、なんでいつまでも責められなきゃなんないの。」 「責めてないよ。」 「おまえがそうしろって言うなら、あいつの連絡先だってなんだって消すし、二度と関わらないよ。帰国しても無視するよ。アリスさんの店とか、おまえがあいつのこと思い出すようなところにも近づかないよ。千佳や響子と縁切ったっていいよ。」 「そんなこと言ってないし、望んでないってば。」 「じゃあ、どうしろって言うんだよ。そんな話されて、俺がなんて答えれば満足なんだよ?」  涼矢は苛立たしそうに髪をかきあげ、親指の爪を噛んだ。

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