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第709話 The Gift of the Magi (9)
「逆だよ、涼矢。」
「逆?」涼矢は和樹の顔を見た。
「俺はさ、良かったって思ったんだ。」
「何が?」
「哲が、ちゃんとおまえのこと、好きだったんなら。好きになれたのなら。」
「は?」眉根を寄せて、意味が分からない、という表情を見せる涼矢だ。
「相手がおまえだったから、認めたくなかったし、腹が立ってたけど。でも、そういう俺の感情ってものは脇に置いて考えるとしたら、哲は初めてちゃんと誰かを好きになったってことじゃない? ある意味、初恋。」
「初恋は、例の、義理の。」
「そうなのかな。それって本当に恋だったのかな。だってあいつ、その人と出会うまではお母さんと2人で、あんまり良い暮らししてなかったみたいだし、いじめられてたんだろう? そんな時に大人の男の人がそばにいて優しくしてくれたら、好きになるのは当たり前じゃんか。それは恋とはちょっと違うんじゃない? それから、高校の先生だの、セフレだの、行きずりの相手だのってのも、恋じゃないよな。倉田さんはかなり良い線行ってたと思うけど、倉田さん側の事情もあったし、半端に終わっちゃっただろ? そういうの考えたら、あいつがきちんと人を好きになるのって、涼矢が初めてだったんじゃないかな。」
「でも、俺は、あいつのことなんとも。」
「うん。知ってる。」和樹は笑った。「おまえは俺のこと、超好きだもんな?」
「からかうなよ。」
「俺もおまえのこと、超好きだよ。」和樹は手の甲の側で、涼矢の頬を撫でた。「だから誰にも邪魔させない。……けど、それはそれとして。」和樹は再び膝の間で手を組むようにして、うつむきがちになる。「わざと困らせて相手の愛情を試すようなことをしないで、相手のためを思って身を引く。そういう風に誰かを好きになれたんなら、それは哲にとって、いいことだろ? 力や金で縛り付けるのは愛情じゃないし、構ってほしくてわざと怒らせたりするのも愛情じゃない。でも、哲はそれ以外の愛し方ってのを、知らなかったんだと思う。誰からも教わってこなかったから。」和樹は顔を上げ、涼矢を見た。「でも、おまえが教えてやったんだ。」
「俺、別にあいつに優しくしたりしてないぞ。」
「俺に対して優しくしてるじゃん。あのさ、おまえがこっちで知り合った友達連中に、どういう風に俺のこと説明してるのか、俺は知りようがないけど、でも、絶対俺のことを悪くは言ってない。照れ隠しですら言わない。それは想像つく。おまえはきっと、誰に対しても俺のことが大好きだってのバレバレの態度してると思う。」
涼矢は反論したそうに口を開けたが、結局言葉は出てこず、少し恥ずかしそうに頬を赤らめるばかりだった。
「哲はそういうおまえを見て、学習したんだよ。人を好きになるって、本当はすごく幸せなことなんだって。だから、おまえから離れたんだ。」
涼矢は小首をかしげた。「だから……離れた?」
「俺さ、もしあいつが、本気出したら。本気で俺からおまえを奪おうとしたら、できたと思うんだよ。」
「そんっ……。」涼矢は言葉を詰まらせる。「……あるかよ。ねえよ。」
和樹は苦笑いして、「ああ、言いたくねえなあ。」と言う。「負けを宣言するみたいでさ。」
「俺は、一秒だって、哲のことなんか。」
「うん。」和樹は涼矢から顔をそむけるように、窓の外を見る。「でも、どうにかして、おまえと……まぁ、要は寝ちゃえばさ。」
「しねえよ。」
「一服盛るでもなんでも、手段はあるだろ? ハグさせる隙がある奴なんか、簡単だよ、そんなの。」
「そんなことしたら、絶対あいつを許さない。」
「そう。許さないだろうな。……で、おまえは自分のことも許さない。そんなことになったら、おまえは俺のところに二度と戻って来ない。俺に会わせる顔がないから。」
「……。」
――哲は、おまえの恋人にはなれなくても、おまえを揺さぶって支配することならできた。俺からおまえを奪って、いい気味だって笑うこともできた。あいつの恋愛はずっと、そういうものだったはずだ。
和樹は涼矢を振り向いた。「でも、しなかった。なんでだと思う? ……自分の気持ちより、おまえを大事にしたかったからだよ。おまえに、俺と幸せそうにしててほしかったからだよ。だから、身を引いたんだ。」
涼矢はじっと見つめてくる和樹の視線を、思わず避ける。伏し目がちに、ぽつりぽつりと話し出した。「1年離れて、頭を冷やすって……。そう言ってた。生まれ変わって帰ってくるって言うから、そうしてくれって答えた。」
「好きだって、言われたんだな?」
涼矢は一瞬だけ上目遣いで和樹を見て、すぐにまたうつむき、そして、かすかに頷いた。
「そっか。」和樹はシートに体を預けて、ふう、と息をひとつ吐いた。目を閉じて、しばらくじっとしていた。
「和樹とつきあってなかったら、どうしてたかって考えたこともある。」
「うん。」和樹は目を閉じたまま相槌を打つ。
「前に聞いてきたよね。もしそうだったら、あいつと寝たのかって。」
「ああ。」
「あの時、寝たと思うって言ったけど、撤回する。」
和樹はようやく目を開けて、涼矢を見た。
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