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第713話 何日君再来 (3)
――ただいまの時間ワンドリンク制となっておりますぅ。おひとり様おひとつ以上のドリンクのご注文をお願いしますぅ。
能天気な店員の声が聞こえてきた。そう言えば受付の時にそんなことを説明された覚えがあった。
「えっと、コーラをひとつ。それから……。」和樹は足元の涼矢を見る。涼矢は和樹の言葉で状況を察したようだ。立ち上がり、ジンジャーエール、と一言呟く。「あと、ジンジャーエール。」和樹がそう言って電話を切った頃には、涼矢はソファに座っていた。
電話の邪魔が入って残念なようなホッとしたような気持ちで、和樹もソファに座る。だが、隣り合ってはいない。部屋の一番奥、L字型のソファの短いほうに涼矢が、長いほうに和樹が座っていて、2人の間には3、4人座れそうな距離があった。和樹はもっと近くに座ればいいのにと思いつつも、この後店員が入ってくることを考えれば、男2人がぴったりと並んで座るよりもこのぐらい空いていたほうが無難なのだろう、と思い直す。
「あ。」と涼矢が何か思いついたような声を出した。
「何。」
「奏多にここに来てもらえばいいか。会ってからカフェかどこかで話そうって言ってたんだけど。」和樹の同意を得る前にスマホを出して奏多に連絡を取ろうとしている。
「あまり人に広めたくない話なら、こういうところのほうがいいかもな。」と和樹も同意したが、既に涼矢は何やらメッセージを入力しはじめていた。
「何号室だっけ。」と涼矢が言う。
「408。」会計伝票の挟まったバインダーを見て和樹が答えた。
「ん。」部屋番号を入力しているらしい。
しばらくして店員が飲み物を持ってきた。1人増えることを告げる。店員は、その場合はスタート時点に遡って3人で利用したのと同額の室料になると説明し、涼矢はそれを承諾した。
「何時頃来るのかな。」和樹は時計を見る。約束の2時にはあと20分ほどある。
「もう近くまで来てるみたいだから。バイクだって言うし、すぐじゃない?」
「バイクの免許取ったんだ。」
「あいつ、高校の時に取ってるよ、バイクは。」
「そうなんだ。」
「今は車も持ってるんじゃないの。」
「俺も今年、取ろうかな。東京じゃ必要ないけど、こっち戻ってきた時には持ってた方が便利だもんな。」
「便利っつうか、ないとどこにも行けない。」
「だよな。この先ずっと、毎回おまえに乗せてもらうわけにもなあ。」
「俺は構わないけどね。」
「どこに行くにも涼矢にお願いしないといけないじゃない?」
「それでいいだろ。俺に内緒の遠出でもするつもりか?」
「うっわ、怖え。」和樹は笑った。
そんな雑談をしていると、部屋のドアが開いた。奏多がいた。前回、年末の遊園地で会った時よりも更にふくよかになっているように見える。「よう、久しぶり。」
「久しぶり。」と和樹が答えた。
「ここ、すぐ分かった?」
「ああ。」奏多はどこに座ろうか思案しているようだ。涼矢への相談なのだから涼矢の近くに。だが、手前に和樹がいて、和樹にいったん出てもらわないと奥にまで行けない。そんな躊躇いが伝わってきて、和樹は腰を浮かした。
「和樹がこっち詰めればいい。」涼矢が言った。つまり奥から涼矢、和樹、奏多の順に座れ、ということだ。奏多を二人の間に座らせるのが嫌なのだろう。和樹は涼矢の言うとおりに奥に詰めた。
立場の弱い奏多も何も言わずに手前に座った。
「ワンドリンク制だって。」と和樹が言った。
「ああ、受付で注文済ませてきた。」
そう、という返事と同時に店員がドリンクを持ってくる。オレンジジュースだ。「えっと、今日は急に呼び出してごめん。でも、久々の再会ってことで、乾杯。」
「乾杯するような話?」と言いながらも、涼矢はグラスを一応高く掲げた。和樹も同じようにする。
「まあ、分かってるだろうけど、良い話じゃないよ。」奏多はグラスに口をつけずにテーブルに置いた。
「カオリ先生がらみ?」と和樹が言った。
奏多は涼矢と和樹を交互に見てから、ため息をついた。「ああ。」
「できちゃったってやつ?」と涼矢が言った。
奏多が目を丸くして涼矢を見る。涼矢の口からそんな言葉が出てくるとはまったくの予想外だ、と言わんばかりだ。
「え、マジで?」と和樹が言うと、奏多は観念したように頷いた。
「でも、さ。」奏多はがっくりとうなだれた。
「生まないんだ?」
涼矢の淡々とした言葉に、奏多は再び頷いた。
「え、妊娠は間違いないの? ちゃんと病院で調べたのか?」和樹が奏多にまくしたてた。
「検査薬で陽性で。念のため病院でも調べてもらったって……。俺がそれ聞いたのは、確定した後。今、2ヵ月入ったとこ。」
和樹は掛ける言葉が見つからなかった。学生結婚でもなんでもして、生めばいい。そうできれば越したことはないのだろうが、その選択が難しい事情があるのは想像できる。
「彼女、中絶するってのも、もう、1人で決めてて。手術の立ち会いもしなくていいって言われて。……費用も自分は働いてるからなんとかなるって、そう言うんだけど、それじゃあんまり無責任だと思って、俺。」
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