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第722話 何日君再来 (12)

――ああ、でも、最初からそうだった。童貞だった涼矢は、最初の頃こそ俺のやることを真似しているようなところがあったけれど、すぐにその段階はクリアして、いつの間にか俺をリードするほどになっていた。今じゃ俺のほうが涼矢に……。 「涼、矢。」和樹は股間の涼矢の髪に触れる。止めるな、と言われていたけれど、もう、限界だ。「もうそれはいいから、こっち。」自分で尻の側に手を伸ばしてみせた。  涼矢が立ち上がる。和樹はその股間が勃起していることを確認した。自分のペニスを口に咥えることで涼矢がそうなっていると思うと、和樹もまた更に興奮する。自分から壁のほうを向いて、手をつき、尻を突き出すようにした。その方向転換の時、鏡に映る2人の裸身が目に入った。淫らに喘ぐ自分を見ろと強制され、洗面所の鏡の前で恥ずかしいポーズを取らされたまま挿入されたことを思い出す。そんなあれこれの記憶も欲情を増大させる材料になってしまう。 「このまま挿れていいの?」 「いい。」和樹は何度も言わせるなとでも言いた気に、早口で言った。  涼矢はシャンプーを手に取って、潤滑剤代わりにする。和樹の腰を支え、挿入を始めた。 「ああんっ。」という和樹の声がバスルームに響いた。  2人が果てた後、和樹の内腿には精液が垂れていた。――自分の放出した精液にまみれた体を洗いに来たのに、反対に中出しされてしまった。そんなことを思い、和樹はつい笑い出してしまう。 「なんだよ、笑うタイミングか?」急にクスクスと笑い出した和樹に、涼矢は少々不安そうだ。 「いや、俺、ここに体洗いに来たはずなんだけどなって思って。なんでザーメンまみれなんだろって思ったら、なんかおかしくって。」 「うっわ、下品。」涼矢も笑いながら言う。 「半分はてめえのせいだろ。」和樹は涼矢の胸を叩く真似をする。 「そっか。」涼矢はニヤニヤしながら、シャワーヘッドを手にした。「じゃあ、お詫びにお背中流しますよ。」 「流したいのは背中じゃないけどな。」 「知ってるよ。ちゃんと隅々まで洗ってあげるから。」 「言い方がやらしいんだよ、いちいち。」 「和樹さんほどじゃないと思うけどねえ。」 「うっせ。」  軽口を叩きあいながらも、涼矢はボディタオルを泡立て、律儀に和樹の体を洗い始めた。そして、ぽつりと「ごめん。」と言った。 「えっ。」 「さっき、枕投げつけて。元はと言えば俺のせいなのに。」 「……俺も悪かったよ。」 「ん。」涼矢は軽くうなずくと、「腕、上げて。」と言った。 「そんなに本格的に洗う気か。」 「うん。」 「いいよ、くすぐったいし。」 「じゃあ、汚れの激しいところを。」涼矢は和樹の尻の谷間に指を入れる。 「馬鹿、いいって。」和樹は身をくねらせて、その手を避けた。「おまえはもう自分のこと終わったんだろ、先に出ろよ。」 「お詫びにならない。」 「充分に伝わってるから。」 「あっそ、じゃ残念だけど。」涼矢は泡だらけのボディタオルを和樹に渡すと、最後に自分の首から下だけ湯をかけて、バスルームを出た。  涼矢が出ていくのを見届け、隣接する洗面所からも立ち去った気配を確認してから、和樹は念入りに体を洗い始めた。どこに触れても、涼矢の感触が残っているようだ。首も、肩も、腕も、涼矢に愛撫され、キスを受けた。腹に至っては臍までじっくりと観察されて、それから。  和樹は中に出された精液を掻き出す。ついさっきまでここで――身体の奥で――涼矢を感じていた。その前も、涼矢のベッドで、何度も愛された。今そこに触れているのは涼矢ではなく自分の指で、そして、単なる後始末に過ぎないのに、またぞろ反応してしまいそうになる。  和樹は湯温を下げて、身体の火照りを鎮めた。  バスルームから出て、リビングに入る。そこを通り抜けないことには2階の涼矢の部屋には行けないからだ。だが、てっきりその自室に戻ったと思い込んでいた涼矢は、リビングのソファにいた。テレビを見るのに最適化された位置のローソファだが、涼矢はテレビは見ておらず、スマホをいじっていた。 「ここにいたんだ。」タオルで髪を拭きながら、和樹が言う。涼矢とは違い、その程度のタオルドライでほとんど乾いてしまう。 「うん。」 「麦茶かなんかある?」そう言いながら、和樹は冷蔵庫に向かう。 「あるよ。麦茶もあるし、あと梅シロップ。炭酸水で割ると美味い。」 「……まさかそれも自作?」  涼矢は笑った。「違うよ、それはおふくろが。」 「え、佐江子さんが作ったの。」 「いやいや、職場でもらってきたの。職場の誰かの手作り。だから安心して。」 「……そんなつもりで言ったわけじゃないけど。」和樹は苦笑しながら冷蔵庫を開ける。梅の実の沈んだ密閉ビンが見えた。梅酒とは違い、しわしわの梅だ。梅酒なら恵が毎年作る。酒はほとんど飲まない恵だが、夏場に隆志や宏樹が美味しそうにビールを飲んでいるのを見た時だけは、それにつられるようにして梅酒を飲むのを見かける。「梅シロップって、梅酒とは違うんだよな?」と確認した。

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