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第725話 何日君再来 (15)

「でも、それはヒロがちゃんと努力して良い成績取ったからだろ。」 「もちろんそうよ。お母さんが言ってるのは、宏樹は和樹に遠慮して何かを諦めたりはしないってこと。……だから、あなただって、お兄ちゃんに変に気を使ったりすることはないのよ。」  和樹は恵の言葉に聞き覚えがある気がした。そうだ、涼矢が言っていたのだ。「宏樹さんは、自分が家族のために犠牲になってるなんて思ってない」と。でも、本当にそうなのだろうか? 「でもやっぱ、俺は自分のことばっかり考えてるし。ヒロみたいに、先々のこと考えて行動できないし。勝手なことして迷惑かけてるのは俺だと思う。」  恵は愛しそうな目で和樹を見て、にっこりと微笑んだ。「だから心配だったのよ。あなたは不器用だし、そうやって気を使う子だから。東京なんか行ったら、周りの頭の良い人たちにいいように使われて、壊れてしまうんじゃないかと思った。……でも、頑張ってるじゃない? 見直したわよ。そこはそれこそ宏樹の言う通りになったわね。逞しくなって。」 「そう見える?」 「見える見える。」恵は笑った。「だから私もじっとしているだけじゃだめねぇと思ったんだもの。打ち込む趣味のある人はいいなぁ、お仕事できる人はいいなぁ、なんてね、羨んでるだけじゃだめだって。」 「それでパート?」 「そう。和樹だって知ってる人もいない中で、慣れない家事もして頑張ってるんだから、私もやってみようかなって。」 「そうなんだ。」 「そうよ。」 「じゃあ、明日から張り切ってやりなよ。」 「やだあ、言わないで。」恵は耳を塞ぐ真似をした。  結局、和樹が東京に戻ったのは更に5日後のことだ。翌日は夏期講習で、それ以上引き延ばすことはできなかった。  その5日間のうちに、恵以上に恵の仕事ぶりが心配になっていた和樹は、宏樹と一緒に恵の働くファミレスにそっと様子伺いに行ってみた。ランチタイムは外したつもりだが、あいにく満席で、恵ではない店員に少し待つように言われた。待ち時間の間に客席を見ると、案外と活き活きと働いている恵が見えた。ホールスタッフと聞いていたから、和樹と同世代の若い子たちに囲まれて辛い思いをしてはいないかと思ったが、それも杞憂だったようで、平日の昼間だからか店員は恵と同世代が多そうだ。 「お待たせいたしました。お待ちの都倉様、どうぞ。2名様ですね。」さっきの店員が案内をしてくれる。その道中で恵とすれちがうが、恵のほうは何かに気を取られて気づかない。和樹は宏樹と顔を見合わせて笑った。その笑い声に気づいた店員が、「あ。」と小さく声を漏らす。「もしかして、都倉さんの息子さん?」と小声で尋ねてきた。 「ええ。」と宏樹が頷いた。  テーブルに着席すると、「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのベルでお知らせください。」とマニュアルの言葉を言った後で、「もう少ししたらお客様も落ち着くので、そうしたらお母さん、お呼びしますね。」と言われた。 「いえいえ、いいんです。勝手に来ただけなんで。」これも宏樹が言う。 「大丈夫、都倉さん、もう少しで休憩に入るはずだから。」  言葉通り、間もなくしてグループ客が一斉に抜けていき、客席はだいぶ空いた。そこへ恵がやってくる。「ねえ、ちょっと、いきなり来るなんてやめてよ。」恥ずかしそうに言う。茶色のスカートは膝下まであり、それにクリーム色のエプロンをつけている。エプロンには少しだけフリルがついているが、そう派手でもない制服姿に、和樹はホッとした。 「問題なさそうじゃない?」と和樹がからかった。 「まだ3日目よ、これの使い方も覚えられなくて大変。」恵はハンディタイプの注文を受ける機械を2人に見せた。「あなたたちをここに案内した人がね、チーフなの。あの方にいろいろ教わってて、私より10歳も若いのに、すごくしっかりしてるのよ。こんな物覚えの悪いおばさん相手に、優しく教えてくれるから助かるわ。あなたたちもきちんとご挨拶してね。」  和樹はそれを聞いて安心すると共に、少々驚いた。正直、その「チーフ」とやらは、恵と同じぐらいの年齢だと思っていた。だが、それはさっきの店員が老けているのではなく、恵が若々しく美しいからなのだろう。今まで「母親が美人でいいな」と友達に冷やかされたことは何度もあるが、よそのおばさんと見比べることもなかったから、ピンと来なかった。けれど、こうして同じ制服を着た人が何人もいる中で見れば、確かに恵はきれいだった。 「やあ、息子さん来てるって?」今度は男の声がした。声の主は恵よりは幾分若そうだ。だが、さっきのチーフの件もあり、確信は持てない。コック服を着ている。 「あっ、すみません。急に来ちゃって。私も知らなくて。」恵がしどろもどろになる。「あの、町内会の。ここを紹介してくださった。」和樹に向かってそんな紹介をした。 「母がいつもお世話になっております。」と宏樹が挨拶したので、和樹も慌てて頭を下げた。 「いいね、頼もしい息子さんが2人も。」 「いえいえ、そんな。」恵が頬を赤らめる。 「それじゃあ、ゆっくりしていってくださいね。」男は和樹たちにそう言うと、その場を立ち去った。 「私も戻らなくちゃ。」恵もその後を追うようにあたふたと去って行った。

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