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第727話 何日君再来 (17)
「責めてるだろ。男と女がヤルだけヤッておいて神様のせいにするなって。それってつまり、自分のせいってことだろ。」
「そうだけど、責めてない。誰にでも失敗はあるよ。俺だっておまえだってそうだ。ただ、自分のしたことを棚に上げて、奏多は運が悪いとか、カオリ先生かわいそうって言うのは違うんじゃないかって話。」
「そんな風には言ってないだろ。もうちょっとさ、寄り添ってやれないのかって言ってんの。他の誰でもない、おまえを頼ってきた奴の気持ちに。」
「友達なのに、って? おまえってホント、そういうとこ甘いよな。そこがおまえの良いとこだとは思うけど、あいつがおまえじゃなくて俺んとこ来たのには、そうやってゴチャゴチャ言わずに金貸してくれそうだからだろ。」
「ゴチャゴチャって、そんな。」
「奏多が思い悩んでいる間にも、それを俺たちが慰めてる間にも、腹ん中のこどもはでっかくなるんだ。中絶手術なんて先送りにすればするほど辛いに決まってる。どうするのか決められるのは本人だけだし、そうと決めたなら外野は余計なこと言わないほうが親切だと思うけどね、俺は。」
「でも、言い方ってもんがあるだろ。」
「おまえはそうしろよ。俺に求めるな。」
和樹は大きくため息をついた。「おまえの言う通りなんだろうけどさ。」
赤信号にひっかかり、涼矢は車を止める。「けど、何?」横目で和樹を見た。
和樹は、もう一度息を吐く。「おまえ、俺には優しいのにな。」
「それで充分だろ。」
「涼矢には、俺が誰にでも媚びる、八方美人に見えてるんだろうな。」
「八方美人だとは思ってるけど、媚びてるとは思ってない。」
「はっ。」と和樹は鼻で笑った。「おまえは、誰かに嫌われたり恨まれたりするの、怖くないの?」
「怖くない。」車が発進する。
「でも、わざわざ敵を作ることもないだろ? 言い方ひとつでうまく行くなら、そのほうがいいと思わないの?」
「別に。」
「そうかい。」和樹は笑った。涼矢を馬鹿にしたわけではない。それでこそ涼矢だ、と思ってしまう自分に対して笑ったのだ。
涼矢は独り言のように言う。「……怖いのはおまえに嫌われることだけだし、おまえが敵じゃなければいい。」
「そんなら俺、友達に優しくできない子は嫌いだよ?」
涼矢は一瞬驚いたように眉を上げ、それから苦笑いをした。「そう来たか。」
「なんてね。……おまえは本当は優しいよな。俺に対してだけじゃない。分かってるんだけどさ。」
「優しくなんかないよ。わがままで、自分勝手で、強情だし、ひねくれてる。」
「まあ、それも否定しないけど。」和樹は笑った。「しかも粘着質で、ストーカー。」
「最悪だな。」
「ああ、最悪。」和樹はそっと手を伸ばして、涼矢の肩に触れる。そこから更に指を伸ばし、首にも触れる。
「ちょ、触んないで。運転中。」
「この程度でドキドキすんの? もしかして欲情しちゃう?」からかう口調で和樹が言う。
「するよ。そこらで車停めていいなら、すぐにでもヤレる。」
「最低だな、マジで。」和樹は笑った。「貞操観念なんかゼロじゃねえか。」
「そんなことない、欲情するのはおまえに対してだけだから。」涼矢は和樹が自分を見ているのを承知で、ニヤリと笑う。
「俺にだけ優しくて、俺にだけ欲情すんのか。」
「そうだよ。」
「そうか。」和樹は涼矢から窓の側へと視線を移動させた。窓の外を過ぎていく景色を眺めながら考える。――「誰にでも優しい恋人」と「自分にだけ優しい恋人」なら後者のほうがいい。そう言えば元カノの誰かも言っていた。俺が誰にでもいい顔するのが嫌だって。だとすると、涼矢も本当は八方美人の俺は不満なのかな……。考えはまとまらず、ボーッとしてくる。「少し、窓開けてもらっていい?」
「うん。今、開ける。」涼矢が操作して、助手席の窓が開く。生温い風ではあるが、吹き込んでくれば少しは気分も変わった。
和樹は、八方美人が嫌だと言われても持って生まれた性格なんだから仕方ない、と思い、それならば涼矢のこういう性格だって仕方ないのだ、と思う。そして、そのまま「それなら、仕方ないよな。」と呟いた。
「え、何?」風と一緒に車外の音も入り込んできて、聞き取れなかったようだ。
「ううん、なんでもない。……もうすぐ、着くな。」
「ああ。」
新幹線の駅の近くに、車を停める。以前は涼矢もホームまで見送りに行ったが、今日は和樹がそこまでしなくていい、と断った。
「またすぐ、会えるもんな。」自分に言い聞かせるように和樹が呟いた。次回は8月の下旬、和樹の夏期講習バイトが終わる頃に、涼矢のほうが東京に行くことになっている。ただ正継の帰省の予定や新幹線の切符の手配が未定のため、はっきりとした日程は決まっていなかった。「来るのが確定したら教えて。」
「ああ。」
「楽しみにしてる。」
「俺も。」
降り際に、和樹は手を伸ばした。反射的に涼矢も手を出す。和樹は涼矢の薬指と小指をまとめて握る。指切りでも、握手でもない、一瞬の触れあいだった。
「じゃ。」と言って車を降りる和樹に、涼矢も「うん。」とだけ答えた。
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