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第729話 オトナトコドモ (2)
[明日から明生くんと講習だね]
そんなメッセージを送ると、少しの間が空いてから「はい」とだけ返信が来た。その「間」の意味を涼矢は考える。自分と明生の共通項は和樹の存在だ。それなのに和樹の話題に乗り気ではないとなると、話の糸口がなくて困ってしまう。だが、考えてみればこれは和樹の話というより、「夏期講習」の話だ。中学1年生が乗り気にならないのも当然だ、と思い直した。
ならば何か楽しい話題をと思って、夏休みはどこかに遊びに行ったのかと尋ねてみた。そんな流れでディズニーランドの話題が出ると、明生が饒舌になった。明生の家からは1時間ほどで行けるのだという。
佐江子と正継は、普段の言動からはなかなか結びつかないが、無類のディズニー好きだった。映画が公開されれば必ず観るし、ほぼすべての作品のブルーレイなりDVDなりを揃えている。涼矢にピアノを習わせたのも、元はといえばミッキーマウスが指揮棒を振る、クラシック曲満載の「ファンタジア」がきっかけだと聞いたことがある。
だから国内外のディズニーリゾートにも機会があれば行く両親だった。むろん、涼矢が生まれてからは涼矢も連れて。近くはないからそう頻繁には行けないが、特に涼矢が小学生だった頃には毎年1、2度は家族で訪れていた。
だが、ここ数年は家族で行くことはない。両親はそれぞれ仕事等で東京近辺に行く機会があれば行っているのもしれないけれど、さすがに涼矢を誘うことはしなくなって久しい。涼矢自身については、中学の頃はすっぽり抜けている。高2の修学旅行で行ったのが久しぶりで、そして、直近のディズニーランドだ。
そんな話をかいつまんですると、ようやく明生からのレスポンスも早くなり、ついにはこんなことまで言われた。
[先生と行ったことはないの?]
一瞬焦ったが、嘘をつく必要もない。事実をあっさりと書いた。
[ない 同じ高校だから修学旅行は一緒だったけど、グループが違ったから]
それで終わるかと思ったのに、明生の追及は続いた。その頃はまだつきあっていなかったのか、いつからつきあったのか、遠距離になることは知らなかったのか……。答えるたびに次の質問が来て、涼矢は面食らった。
かつての自分と重ねて見ていた明生。無意識に自分と同じような感覚の持ち主だと思い込んでいた。だから、自分なら決してしないであろう踏み込んだ質問を矢継ぎ早に繰り出してくることに驚いたのだ。どんな言い回しが相応しいのかを考える間もない。結果的に最初の質問への回答と同様に、淡々と事実を書き連ねた。
ただ、さすがにここまで踏み込んでこられると躊躇ってしまうような質問も出てきた。
[涼矢さんは、僕たちはつきあってるんだーって いつから思えたんですか]
考えたこともない。自分から告白した。つきあうことは念頭になかった。その後、和樹につきあってくれと言われて、承諾したのは卒業式の日だ。でもやっぱり、実感はなかった。
今はどうかと言われれば、紛うことなき恋人だと思う。でも、その自信が持てるようになった瞬間は定かではない。言いたい時に好きだと言える。したい時にキスしても怒られない。セックスしたいと思って煽れば和樹だってその気になる。強いて言うなら、そんな風に「和樹に許される範囲」が広がっているうちにこうなった。
[それは難しい質問ですね]
明生には思ったままにそう答えた。同時に牽制でもある。通常、こういった回答は「答える気がない」と言っているのとほぼ同義だし、質問者もそうとらえる。明生はまだこどもではあるけれど、自分よりよっぽど「空気が読める」タイプに思える。もうこの話題は切り上げてくれと思って、そんな答えをした涼矢だった。
だが、予想に反して、明生は追及の手を緩めなかった。
[難しいですか 「キスした時から」とかじゃないんですか?]
当たらずとも遠からずといったところを突かれて、涼矢は困惑する。これ以上のやりとりをするなら、性的な話題に向かってしまうのは避けられない。いや、明生はそういう話題に触れたくて、こうもしつこく聞いてくるのかもしれない。分からなくはない。興味があって当然の年頃だ。自分だってそうだった。
[この間からキスにこだわるね]
質問返しのようにそう答えると、明生は「自分はこだわってないけど同級生がそんな話をしているのだ」と言い訳めいた答えを返してきた。
[ませてるな そんなこと考えてないで勉強しなさい と言われても無理だよね(笑)]
涼矢は明生が欲しい答えになっていないのを承知でそう返す。
今の明生と同じ年頃だった自分は、身体的には同世代の子よりも成長が遅く、そのくせ性的な興味関心だけは人並以上にある気がして、そのアンバランスさに悩んでいた。そんな誰にも言えなかった悩みを親身に聞いてくれたのが渉先生だ。自分もまた明生に対してそういう存在でいてあげたいと思うが、明生は悩みを打ち明けているのとは違うし、どう振る舞えばいいのか分からない涼矢だった。
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