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第730話 オトナトコドモ (3)

 実際、明生はまたも涼矢の想像の上を行くことを言い出してきた。 [男同士だと、2人でデートに行ったって、友達と遊ぶのとやることは変わらないし だったら友達とは違うとこって、そういうことをするかどうかなのかなって]  同性の恋人とのデートと、同性の友人との遊び。その違いについて考えたことなどなかった。和樹とのデート。最初は映画を見た。プラネタリウムに行った。レストランで食事をした。それから水族館や動物園にも行った。それらは男友達との遊びとは趣の違うものだ。たとえば柳瀬や奏多とプラネタリウムや水族館に行きたいとは全く思わない。  だから、「男2人で時間を過ごすなら、恋人でも友達でもやることは変わらない」ということはない。変わるのだ。恋人と友達とでは。柳瀬とは行く気にならない動物園でもイタリアンレストランでも、和樹とは行きたいと思う。  でも。  そう思うのは、和樹の笑顔が見たいからだし、2人で感情や思い出を共有したいからだ。2人で語りあって、見つめあって、触れあっていたいからだ。だから、映画でも美術展でもなんでもいい。その意味では明生の言うことは正しい。柳瀬と遊ぶ時と同じように、部屋でゲームをするのでも、カラオケに行くのでもいいのだ。「友達とは違うとこ」は、正に「そういうことをするかどうか」だ。  涼矢は明生に返事を送った。 [それだけじゃないけど そういう面があることは否定できない]  それで精一杯だった。きっと明生とてキスの先にすることぐらい知識はあるだろうけれど、変に刺激するのも気が引けた。自分が渉先生に相談をした時には、こども扱いしてほしくないと思っていたし、そんなプライドを尊重してくれるからこそ、彼に好意を持った。でも、いざ自分が年長者の立場になるとその匙加減が実に難しいことに気付く。日々そんな「こども」の相手をこなしていると思うと、改めて和樹を尊敬してしまう。  そんな風に和樹のことを考えていたら、明生が言ってきた。 [今度涼矢さんがこっち来る時は、ディズニーランドはどうですか?]  それが「和樹とのデートで行けばいい」という意味なのは分かったが、わざと気づかないふりをして、「そうだね、行こうね」と、あたかも明生と一緒に行く前提の話として返した。明生はこれもまた引き下がることなく「先生とデートしたら?って言ってるんです」などと返してくる。  その後は明生の冷やかしモードが始まった。果ては和樹とペアルックを着てイチャイチャしろとまで言い出したものだから、涼矢も負けじと、明生も同じ服を着てくれるならそれでもいいと答えてみせた。こども相手にむきになる自分に苦笑いしか出てこないが、明生が楽しそうにしているので「まあ、いいか」と思う。  とはいえ、じきに明生もそんな話題には飽きたのか、オヤスミナサイと宣言してログアウトしていった。  明生との会話は疲れたものの、良い気分転換にはなった。せっかく紛れた淋しさがぶり返してこないうちにと、涼矢は学習机に向かい、久しぶりに法学のテキストを開いた。  翌日の晩も涼矢から明生にメッセージを送った。この日から和樹の担当する夏期講習のクラスが始まったはずで、その業務を終えて帰宅してから食事や入浴などをするであろう和樹には、夜遅くに連絡するつもりだった。それまでの時間の、いわば暇つぶしの意味もあったし、無論、和樹の授業がどんな風に受け止められているのかが気になるということもあって、明生に話しかけたのだ。  まずは普通に「講習はどうだった?」と尋ねた。明生からはこれといって変わった感想は出てこなかった。ただし、未経験の「受験」への漠然とした不安を書き綴ってきて、大学受験も既に終えた涼矢を羨ましがったので、自分には司法試験という大きな「試験」がまだあるのだと告げた。  すると明生は「すごく難しいんですよね?」と聞き返してきた。涼矢は素直に「すごく難しいです」と答える。  前夜も結局、勉強に集中できなかった。あと何年頑張ればいいのだろう、と思う。でも、何年やれば必ず受かるという保証もない。中には天才的に頭の良い奴もいて、大学在学中に合格したなんて話も聞かないではないが、自分はそういうタイプではない。努力を積み重ねるしかない。そう自分に言い聞かせていても、時折無性に焦ってしまう。哲を見ていてもその焦りはあった。和樹には絶対見せたくない「かっこわるい部分」だ。  そんな涼矢の気持ちを見透かすように、明生が「嫌にならない?」と聞いてきた。 [なる 今もう既に超嫌で辛くて毎日勉強やめたい逃げ出したいと思ってる]  思わず涼矢はそんな言葉を羅列した。そんな風に思っていた自覚もないままに。思ったらそこに飲み込まれるような気がして、目を反らしていた感情だった。 [涼矢さんの弱音? って初めて] [初めて人に言う 明生くんだから] [僕でよければどんどん言っちゃってください!!(笑) 先生には言わないんですか]  言わない。和樹には。あいつは人の心に敏いから、言わなくてもバレているかもしれないけど。あいつだって俺に弱音なんか吐かない。

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