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第738話 オトナトコドモ (11)
和樹の顔色が変わる。「困らないけどさ、そのために合鍵だって渡して」まで言って、涼矢の言葉以上に意味深なことを言ってしまったと後悔した。慌てて「バイトとかサークルとか、俺だって予定あって、相手出来ない時もあるわけだから。」と言い直した。
「先生、サークルやってるんだ。何のサークルですか?」明生の興味がサークルの話に移ったことに、和樹はホッとした。
「学祭の実行委員会。あれだよ、秋にやる、学園祭の裏方。ほぼ幽霊部員になっちゃってるけど。」和樹は必要以上に弁舌滑らかにサークル活動の説明をした。この際、涼矢との色恋を想像させる話題でなければなんでもいい、と思った。元はと言えば、まさにその「色恋」の感情を明生に諦めさせるのが今日の目的だったはずなのだが、いざ明生本人の前で涼矢と並んでいると思うと気恥ずかしかった。「明生も遊びにきなよ。連絡くれれば案内するよ。クレープや焼きそばの屋台も出るし、菜月とか呼んでさ。」
菜月の名前を出すと、明生は少しムッとした。「菜月なんか呼ばないし。」
和樹は、自分への恋情を察する以前は、明生は菜月が好きなのだとばかり思っていた。少なくとも嫌っているようには見えなかった。気の強い菜月とおとなしい明生とでは、大抵菜月が強い口調でまくしたてているのを黙って耐えて聞く明生、という構図になりがちだが、それはそれで互いを強く意識しあっているからこそのじゃれあいに思えた。
自分にも覚えがある。クラスの女子がなんだか急に大人っぽくなって、生意気な口を聞くようになり、悔しくて言い返すのだけれど口では勝てず、かといって男子たる者、女こどもを腕力で黙らせてはいけないとの教えを守らないわけには行かず、つまりはそういった強気な女性に対してはなんでもハイハイと受け流すのが得策と知った。それでいて、そんな女の子が何かの弾みで脆さを垣間見せる瞬間もあり、その一瞬で心を奪われたりもして、そんな風に自分を振り回す女子という生き物はどうにもこうにも厄介だと思っていた、あの頃。
「そういや中学生ってそういう感じだったっけ。男女を変に意識して張り合っちゃう、みたいな。なんか懐かしいな。」
独り言のように和樹は言った。言ってから、ハッとした。男女のことをこんな風に言えば、涼矢は気にするに決まっている。この後どうフォローすべきかと考える心の片隅で、振り回されるのは「女の子だから」というわけじゃないのだ、と今更ながら思う。男女問わず、好きな相手には振り回される。いつだって。今だって。
和樹の逡巡をよそに、明生が聞いてきた。「大学生は意識しないんですか。」
和樹の脳裏には舞子や彩乃といったサークルの女の子たちが思い浮かんだ。彼女たちについては、異性として意識はすれど、自分の恋愛対象として見たことはない。「するけど、意識しつつ友達として仲良くできるようになるんだよ。」それは明生への回答と言うよりは、涼矢への弁解の意味が強かった。
その涼矢が言う。「おまえは高校の頃から仲良くし過ぎだったけどな。いや、あれは友達として、じゃないか。」
――そりゃあその頃は、恋愛は女の子とするものだと思ってたし。実際綾乃とつきあったりしてたし。……赤裸々な言い方をすれば、当時の自分の世界には、女の子は二種類しかなかった。セックスの対象になりうる子と、そういう気分にはなりそうにない子。後者であっても差別的な対応をしたことはないと思うし、前者だからって当然スケベ心を態度に出したりはしなかった。でもそれは周りの男連中みんなそうで……涼矢は違ったのだろうけれど。
――でも、とにかく、綾乃であれミサキであれ、つきあってる相手がいる時には、他の子に色目を使うようなことはしてないつもりだ。今もそうだ。涼矢がいる以上は、涼矢以外は「友達」としてしか見ていない。
そんなことをつらつら思いつつも、明生の前ではどう言えばいいのかと迷っているうちに、明生が笑って「想像できます」と言った。想像? 何を? 和樹はひとつ前の涼矢のセリフを思い出す。つまり、和樹が「女の子たちと仲良くし過ぎだった」という話だ。
「なんでだよ!」と、和樹は苦笑いしながら反論した。
それなのに当の明生は気に留めない様子で、「涼矢さんもサークルやってるんですか?」などと言い出す。
「いや、もっぱらお勉強三昧の真面目な学生だよ。この人と違って。」涼矢はまたチクリチクリと和樹に皮肉めいた言い方をする。
「だったら遊びに来てないで、勉強してればいいだろ。」和樹も不快感を隠すのをやめ、仕返しのように涼矢に言い放った。
涼矢が返事に窮するのを期待した和樹だが、返ってきたセリフはまったくもって予想外の内容だった。
「だってディズニーランドに行きたくなっちゃって。シーでもいいけど。だからね、今回はおまえに会いに来たんじゃないの。ウォルトに会いに来たの。」
「はい?」和樹は素っ頓狂な声を出してしまう。そんな話は何ひとつ聞いていない。一体何を言い出すのだと涼矢を凝視した。
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