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第739話 オトナトコドモ (12)
「この間、明生くんとそんな話してたらさ、そう言えば修学旅行以来行っていないなあと思って。」涼矢は明生に微笑みかける。
明生は一瞬キョトンとしたが、すぐに納得した様子で涼矢と同じようににっこり笑った。「ペアルック、してくれるんですか。」
「明生くんもするならね。」
「ミッキーの耳つける?」
「明生くんがミニーの耳つけてくれるならね。」
それは少し前、涼矢が明生と電話で会話した時のことだ。何気なしに夏休みをどう過ごしているのかと尋ねたことから、ディズニーランドの話題になり、そして明生からは和樹と行ったことはあるかと聞かれ、しまいには和樹とつきあうきっかけの話までさせられた。その時に明生は「先生とペアルックでもして、ディズニーランドでデートしたらいい」などとも言い出して、涼矢は涼矢で、「明生もお揃いの服を着て、一緒に行ってくれるなら」とやり返した。今のこの会話はその時のリピートで、言わば2人の間でだけ通じる「ネタ」のようなものだ。
一方、涼矢と明生がそんな会話をしていたことなど知る由もない和樹は、やけにテンポよく話す2人にポカンとするばかりだ。
明生は楽しそうに会話を続ける。「それは先生がつけるべきじゃない?」
涼矢は和樹の顔を見た。「つける? なんか、和樹はそういうの抵抗なさそう。」
白々しい薄ら笑いで返事を待つ涼矢を見て、和樹はようやく我に返り、この不可解な場に異を唱えることができた。「おまえら何の話してんだよ。」
しかし、またも明生はくすくすと笑いをこらえるようにして言う。「僕は2人でディズニーデートしたら?って言ったんです。」
それに悪ノリして、涼矢が明生の口調を真似た。「俺は明生くんと一緒に行きたいと言ったんです。」
「先生と涼矢さんがペアルックしてくれるならいいよって条件を出したんです。」
「3人でお揃いだったらいいよって言ったんです。」
「……きみたち、仲良いね。」掛け合いを見た和樹は呆れたように言った。
笑いをこらえている明生とは対照的に、涼矢は薄ら笑いすら浮かべるのをやめ、落ち着いた真顔で言いのけた。「で、ミニーの耳、つけてくれる?」
和樹には涼矢の真意は分からないが、「やだよ。せめてミッキーだろ。」と辛うじて反論した。
「OK。じゃあ和樹はミッキーだ。てことは、俺がミニーでいいんだな?」
「えっ?!」和樹と明生が同時に驚きの声を上げる。
「明生くんはどうする? そうだ、2人でミニーにして、和樹ミッキーを取り合うとしようか。」涼矢は引き続き真顔でそんなことを言った。
真意なんかないんだ、と和樹は悟った。――こいつ、俺をからかってるだけだろ。明生の前だから強く言い返せないと思って。
「明生、涼矢ね、勉強のしすぎでたまにおかしなこと言うけど、気にするなよ。聞き流せ。」
せめて明生は「いつもの明生」に戻ってほしいと願いつつ、和樹は言う。しかし明生のほうは、そんな和樹の思惑とは裏腹に、日頃は尊敬し憧れてもいる和樹がどぎまぎしているのがおもしろくてならないようだ。
「僕、あれ持ってます、魔法使いの弟子の時の、ミッキーの帽子。あれだったらかぶってもいい。」などと、余計に悪ノリした。
もちろん涼矢はそのチャンスを逃さない。「よし決まり。俺はミニーで和樹がミッキー、明生くんは魔法使いの弟子ね。俺と和樹のは現地調達で……。」
「ちょ、ちょっと待てって。話を進めるな。」和樹が慌てて止めに入るが、涼矢もまた話をやめることはなかった。
「なんだ、やっぱり和樹もミニーのほうが良くなったか? だったら俺ら2人がミニーで、明生くんを取り合う感じで……。」
「どうしておまえはミニー確定なんだよ。いや、違った、問題点はそこじゃねえ。」
「ミニーの、花嫁のベールみたいなのがついてるやつ、見たことあるなぁ。俺、あれがいいな。現地で売ってるかな。」そんなことまで言い出したかと思うと、涼矢はスマホで本当にその「ベールつきのカチューシャ」をネット購入し、ついには明生と相談して、ディズニーランドに行く日程まで取り決めてしまった。カチューシャが届く日と、明生が夏休みのうちにという条件を加味して、3日後の28日だ。
和樹の予定も意向も無視して話は進行する。このままでは、自分がミッキーの耳をつけるのはともかく、ベールつきのカチューシャをつけた涼矢と、とんがり帽子の明生を引率してディズニーランドに行くはめになる。それだけは避けたくて、和樹はなんとか回避できる術を考えた。
「分かった。こうしよう。エミリも誘う。そしてエミリにミニーをやってもらう。明生はなんだっけ、ナントカの弟子で、俺とおまえはミッキーだ。これが俺が耐えられる妥協点。」
だが、その提案には涼矢が難色を示した。「エミリを巻き込んだら悪いだろ。」
「とにかく今、連絡して、聞くだけ聞いてみるから。それでダメならあきらめろ。」和樹はスマホでエミリの連絡先を探す。それと同時に、明生にはエミリが高校の同級生の女友達だということを教えた。そうこうしているうちにエミリと連絡がついたようで、画面を見る和樹の表情がふわっと明るくなる。「エミリ、28日オッケーだってよ?」
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