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第743話 Endless Summer (1)

 明生と別れ、もうすぐ和樹のアパートというところまで来て、和樹が立ち止った。 「やっべ、ドラッグストア寄るの忘れた。」 「コンビニまで戻る?」ドラッグストアは駅前まで戻らねばならないが、コンビニならそれより手前に3店舗もある。一番近いコンビニなら今いるところからでも見える。 「いや、ドラッグストアのほうが安いし種類あるし。」 「何買うの。」  和樹はジトッとした視線を涼矢に送る。「ゴム。」 「……ああ。」 「おまえ先に戻ってていいよ。鍵、持ってるだろ?」 「いいよ、一緒に行くよ。」 「男2人で行ってゴム1箱だけ買って帰るの、変だろ。」 「そうか? 気になるなら俺も買う。それなら。」 「2箱も要るかよ。」 「要らないの?」  和樹は何かを言いかけて口を開くが、結局何も言い返せなかった。無言で歩きだした和樹の後ろを、涼矢が着いていく。  店頭で和樹はまず歯ブラシと歯磨き粉を手にした。歯ブラシを目の前で軽く振りながら「おまえも要る?」と涼矢に聞いた。 「ああ、うん。」 「何色にする?」和樹が手にしているのはブルーだ。今までずっとブルーで、そして涼矢が和樹の部屋に置いて行った歯ブラシもブルーで、メーカー違いといえども、2本並ぶと紛らわしい。 「じゃあ、これ。」涼矢が選んだのも、やはりブルーだった。ただ、スケルトンで見分けはつきやすそうだ。  2本の歯ブラシを右手に握りしめ、左手に歯磨き粉を手にした和樹を見て、涼矢が店内カゴを持ってきて、和樹に突きだした。和樹はそこに商品を入れると、自分が持とうと手を差し出す。だが、涼矢は首を振ってカゴの取っ手を握りなおしたから、最終的には涼矢が持つことになった。そんな一連の流れは無言のまま進み、和樹は今度こそ避妊具の置いてある棚の前に立つ。  買う銘柄は決まっている。和樹はいつものそれを迷わずカゴに入れる。なんとなくこのコーナーに長居はしたくないから、すぐに移動しようとしたが、さっきの涼矢の言葉を思い出した。「本当におまえも買うの?」 「買うよ。」 「何色がいい?」和樹は悪戯っぽく笑った。 「じゃあ、これ。」涼矢も笑ってひとつ選び、カゴに放り込む。和樹は見慣れないパッケージにしばし注目する。何故涼矢はこれを選んだのだろう。適当に目についたものを入れただけかもしれないけれど、涼矢がそんな風に「適当に」何かを選ぶことはめったにない。和樹のそんな考えを見透かすように、涼矢が言った。「ゴムじゃないんだって、それ。」 「え? コンドームじゃないの?」 「違う、コンドームだけど、材質がゴムじゃない。」涼矢はわざわざパッケージを見る。「ポリウレタン。」 「ふうん。何か違うの?」 「ゴム臭くない。」 「それだけ?」 「とりあえず、知ってるメリットは。あとゴムアレルギーの人にはいいみたい。」 「おまえゴムアレルギーなの?」 「いいや。」涼矢のほうが歩き出した。「ただ、興味本位で使ってみたかっただけ。」 「変なもんにまで興味あるんだな。」和樹は苦笑しながら涼矢に続いた。 「他に何か買うものある? 洗剤は?」 「大丈夫。……あ、やっぱちょっと待って。」和樹は早足で店頭に行くとすぐに戻ってきた。店先で安売りしていたスナック菓子をいくつか持っている。 「お菓子はひとつにしなさい。」 「おかんかよ。」和樹はそれらをカゴに入れる。「つか、俺が買うんだから、いいだろ。」 「俺買うよ。俺のものもあるし。さっきの喫茶店、和樹にごちそうになったから。」 「そう? じゃ、サンキュ。」  和樹は一足早く店外に出て、涼矢が会計を済ませるのを待った。出てきた涼矢と再びさっき来た道を戻る。  その道すがら「ディズニーランドとか、急に言い出すからビビった。」と和樹が言った。 「行こうかなって思ってたのは本当だよ。和樹と2人で、だけど。」 「そんなこと全然言ってなかったじゃん。」 「行けたらでいいや程度だったから。でも、明生くん見てたら、2人で行くより明生くんいたほうがいいかなって。」 「なんで?」薄々その意味に感づいていた和樹だが、あえて聞き返した。 「コンドーム買いに行くだけでも男2人じゃおかしいって気にするわけだろ、和樹は。」 「俺のせいかよ。」 「和樹のせいっていうか。そのほうが心置きなく楽しめるならそうしようって。それだけ。」 「だからエミリで微妙な顔してたわけね。」 「そ。」 「……で、まあ、俺が言い出しておいてアレだけど、おまえ、平気か? その、エミリいて。」 「別に構わないよ。エミリがいいなら。4人のほうが2人ずつ分かれて行動できるし、便利じゃない?」 「ははっ。」和樹は乾いた声で笑う。「感情的なことを聞いてるんだよ。仮にもおまえに惚れてた女だぞ。」 「俺が惚れてたわけじゃない。だから、彼女がいいならいいって言ってる。」  和樹は今度は鼻でふん、と笑った。「おまえさぁ、エミリがおまえのこと好きってこと、気がついてたって言ってたよな?」 「うん。」 「いつごろから? どうしてそう思った?」

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