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第745話 Endless Summer (3)

「だとしても、それは俺の側の問題で、和樹のせいじゃないよ。」 「これからは、そんな風に気を回す必要がないようにするって言ってんだよ。」 「気を回したりしてない。」 「けど。」 「しつこいな。いいって、和樹は今まで通りで。」 「しつこいって、おまえなぁ。」  和樹が咎めたタイミングで、2人は和樹のアパートに到着してしまう。そこからは無言で階段を上がり、部屋の鍵を開け、中に入った。涼矢は無造作に買ってきたものを袋ごとベッドの上に置く。和樹がその中から歯磨き粉と歯ブラシを出し、洗面所に置いた。戻ってきた時には、涼矢はベッドに腰掛けて、自分の選んだほうのコンドームの箱を開封して、説明書に見入っていた。 「やっぱ、いつものとは違う?」和樹が何事もなかったかのように声をかけ、涼矢の隣に座る。 「袋じゃない。」涼矢はブリスターパックをひとつ取り出してみせた。 「へえ。」涼矢からそれを受け取った和樹も、まじまじと見る。「入れ物だけ見たら、でかいコンタクトみたい。」 「言われてみれば。」 「おまえ、おもしろいもん知ってるね。」言ってる矢先に、和樹は開封しようとする。  涼矢はその手をつかんで制止させた。「おい、今、開けるなよ。」 「見てみたいじゃん、中身。」 「もったいないだろ。後にしろよ。」 「どれぐらい後?」 「……夜、とか。」  夏の午後5時は、まだまだ明るい。 「ふうん。」和樹は上目遣いで涼矢を見る。「なあ、俺って、しつこい?」 「……さっきはな。」 「蒸し返すなって顔、してるな?」 「そう思ってるから。」 「蒸し返すつもりはないけど、俺が言いたかったのは。」 「分かってるよ。俺が嘘つかなくてもいいように、何かあってもいちいち悲しんだりしないし、俺を不安がらせるようなこともしないっていう話だろ。」 「なんだよ、分かってるならそう言えよ。」 「だから言っただろ、和樹は今のままで充分だって。ああだこうだ余計なことまで考えるのは、ただの俺の悪い癖なんだから、いいんだよ、和樹は。」 「すぐそうやって自己完結する。」 「仕方ないだろ。」  すねた口調で言う涼矢としばらく睨みあった後、和樹はにらめっこに負けたかのように笑い出した。「仕方ないか。そういう性格なんだから。」  つられて涼矢も笑う。「そう。諦めろ。」 「これも諦めなきゃだめ?」和樹がさっきのコンドームを指先に挟んで見せた。「夜まで待てる気がしないんだけど。」 「そんなにそのコンドームに興味がある?」 「ん。ある。」和樹は涼矢の肩を抱き寄せて、頬や耳にキスをした。 「そろそろメシの支度しようと思ったんだけど。」口ではそう言うものの、嫌がる素振りもしない涼矢だ。 「後でいいよ。こっち先。」和樹はゆっくりと涼矢を押し倒した。それにも涼矢は抵抗しない。 「なあ、それの説明書、読んだか?」今は涼矢の頭の横にあるコンドームの箱を、視線で示した。 「読んでない。それが何?」和樹はせっかくの雰囲気を壊されたせいか、少し不機嫌だ。 「開けた時の向きが、女性側なんだって。」 「は?」 「その、オモテ側って書いてあるほうから開封して取り出したら、そのまま相手のチンコに着けてあげられる向きで入ってる。だから、女性側。」  和樹は軽く吹き出した。「なるほどね。じゃ、その時には着けてやるよ、俺がおまえに。」 「俺も、おまえに。」 「俺はいつものほうでいいよ。」 「なんでだよ、興味あるんだろ?」 「こっち単価高いんだもん、もったいねえじゃん。」 「そこ、気にするとこか?」 「気にするよ、カツカツの生活してんだから。こんなのはよそゆきだよ、誕生日とか、特別な時にだけ。」 「よそゆきのコンドームって何だよ。」涼矢は笑う。 「もう、いいから。雰囲気壊さないで。」 「萎えちゃった?」  和樹は小首をかしげて、涼矢を愛しそうに見つめた。「そんなわけないだろ。久しぶりにこういうことになってるのに。」それから、涼矢に覆いかぶさるようにしてキスをする。 「久しぶりだったら、特別だろ。よそゆきでいいんじゃない?」と涼矢がその耳元で言った。 「もう、黙って。」和樹は涼矢の口を手で押さえ、口では涼矢の首筋や鎖骨へのキスを繰り返した。  夏の日差しは、アウトドア派でもない涼矢の肌をも多少は焦がしていて、元の白さを保っている部分と、露出している部分とを分けている。特に首回りや二の腕の半袖にあたる部分には境界線ができている。 ――前にも……去年もそんなことを思った記憶があるなあ。 ――あれはそうだ、バーベキューの時。  曇っていたのに、ずっと屋根のないところで肉を焼いていた涼矢は、たったの数時間でくっきりとツートンカラーになるほどの日焼けをしてしまった。  発端は、サークルのメンバーに泣きつかれて、急遽涼矢に運転を頼んだことだ。涼矢がミヤちゃんと出会ったのも、あの時だ。あれから1年。もっとずっと昔の出来事の気がするけれど。 ――あの夏はいろんなことがあった。哲と俺が出会ったのもバーベキューのすぐ後だったし。

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